筆下ろし


 
 世界1有名な日本のスケートスポットは? 新宿の某学院のWセットでしょう(即答)。国内はもとより世界中から腕自慢がトリックのレコードを更新すべくこのWセットを目指してやってきます。歓喜するものもいれば涙をのむもの、はたまたガードマンによりあえなくキックアウトなんてことも。’95年頃に憩いの場としてリニューアルされたキャンパスの一画が、まさかの「スポット〜〜」になろうとは某学院側も含め誰が予想したでしょうか。なんの変哲もない階段が数々のドラマを生んだ舞台になるとは、スケートボードって最高!(スケーター目線)。
 スポット誕生から20年あまりが経つのですが、実際に自分の目で見たものから映像で目にしたものまで、とんでもない数のトリックがメイクされてきたわけです。個人的に特に印象的だったのは栗林 悟のスイッチフリップ(FESN『Subway』に収録)とVHSMAG編集長MKによるギャップ to Bs 5-0。昔はWセットにハンドレール(しかも中割れ)が付いてありまして、上段の3ステアと踊り場を越えてからの下段の4ステアに設置されていたレールに当て込むことも。ちなみにMKがBs 5-0をメイク後に、西平守安もメイク(立川のローカルビデオに収録)。それからしばらく経ってリック・マクランクもメイクしたのであります。
 その後も有名スポットとして現在に至るまでスケーターがしのぎを削る有名スポットとなったわけですが、一番知りたいのは「最初に飛んだのは誰?」。ズバリ言うわよ! 自分の知る限り(インターネットがまだ普及していない’95年頃)、あのWセットをメディアデビューさせたのは、米坂淳之介のFs 180オーリー。スケート誌ではない雑誌でNewType特集が組まれていた中で、淳之介がFs 180オーリーをしていたのが最初だと思います。もしかするとメディアに出る前に誰かしらが飛んでいたかもしれませんが、メディアに最初に露出させあのWセットをスポットとして認識させたのは米坂淳之介だと(補足:その翌年創刊のWARPではハンドレール越えのFs 180で登場)。
 あれからスケートボードは飛躍的に進化を遂げ甲乙つけがたい素晴らしいトリックが日々メイクされ続けているのですが、もっとも称賛に値するのはなんといっても最初にスポット化させた人。古今東西どこのスポットにおいても、時代は変われどその事実だけは無条件でリスペクトなのです。ひとつのスポットにおいて会ったこともなければ名前すら知らなかったであろう世界中のスケーターが、「どこどこで誰がしがなになにをメイクした」とかで時代や国籍を超えてコミュニケーションをとっているなんてスケーター最高!(スケーター目線)。
 某学院のWセットでひとつ確かなのは、最初に回したのは北島宗和。キックフリップ、360フリップのテールグラブ、スイッチオーリー、スイッチFs 180、ポップショービットをわずか数日間で仕留めています(FESN『Subway』に収録)。いまでこそ回しであのサイズを飛ぶのがデフォルトになってはいるけど、20数年前にあのサイズを日本人が飛ぶというのはブレイクスルーだったのよ、おっかさん!(失敬)。
 とまあ、某学院のヒストリーを駆け足で綴らせてもらいましたが、一番のハンマーをメイクしたのは実はオレだってことは誰も知らない。あれはいつかの帰り道、鬼の腹痛にやられて我慢の限界に達したオレはたまらず地下駐車場に駆け込み特製キーマカレーを当たり一面に…。一本!

─KE

 

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