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 私がまだ世田谷に住んでいたころの、ある日の話をしよう。  若干の酒に…
──第3回 : Qちゃん

2012.02.10

 私がまだ世田谷に住んでいたころの、ある日の話をしよう。
 若干の酒に酔い、気分良く地下鉄大手町駅で乗り換えたときのことであった。

 私としたことが、終電を逃してしまった。経験したことがある人には分かるだろうが、一瞬で頭が真っ白になる。一体どうやって自宅まで帰ればいいのだろうか。車を持っていて、なおかつ私を深夜に迎えに来てくれる親切な友人はいるだろうか。この近くに漫画喫茶はあるだろうか。歩いて帰ったらどれくらいかかるだろうか。
 そんなことを考えていたら、一気に酔いも冷めてしまった。

 その当時、1Kの狭いアパートに高校時代のクラスメイトと住んでいた。家賃は1ヵ月62,000円を折半だ。つまり31,000円あれば憧れの世田谷に住めた訳だから、多くの時間をスケボーに充て、少々のアルバイトで生計をたてていた。それ故、タクシーで帰るなど、私の選択肢には無かった。

 まずは彼氏に電話をした。すると彼氏は「バイクで迎えに行くから家に泊まればいい」と言った。東京駅近くの彼の家、と言ってもそこは実家だ。彼の両親とはまだぎこちない関係だったので、深夜にお邪魔する勇気はなかった。意地を張って「プッシュで帰る」と言った。私はその日もスケートボードを楽しんだ帰りだった。「分かった。気をつけて」。電話はガチャンと切れ、私は唖然とした。時刻はまもなく深夜1時、仮にも私は女の子だ。まさか本気と受けとめられるなんて思ってもいなかった。「危ないからとにかく迎えに行く! 待ってろ!」と言ってくれると信じていた。

 今でも時々思うことだが、彼には押しが足らない。その日もそんなことで少しガッカリした。

 しかし、ガッカリしている暇はなかった。私はこれから何kmあるかわからぬ帰路をスケボーで帰らなくてはならないのだ。
 運が悪いことに、こんな日に限って荷物が多かった。安売りされていたスケシューを3足も買っていた。リュックにひとつ、両手にひとつづつ。

 まずは地上に出て皇居のお堀を四谷方面目指してプッシュした。分かると思うが、両手がふさがっているととてもプッシュしにくい。
 皇居のお堀辺りは、年中いつ何時でも警察官があちこちに立っている。やはりすぐに止められた。「こんな暗がりで、スケートボードに乗るのは危ないから降りなさい」。私は半泣きで「ではどうやって世田谷まで帰れと? 歩いた方がよっぽど危ないです!」と訴え走り去った。というか、逃げた。お願いだから誰かに助けて欲しかった。でも私は自力で帰ると決めた。二言は無かった。

 四谷駅付近で数人の酔っ払いとすれ違った。どうやらスケボーが気に入らないようで、ヤジを飛ばされとても心細かった。また涙がこみ上げて来た。
 見た目が女だと絡まれるかもしれない、と謎の心配を抱いた。男だったら夜中の道なんてまったく怖くないのだろう、ならば男装をしよう! と。まずは肩より少し長い髪をキャップの中へ押し込んだ。人とすれ違う時はキャップのツバで顔を隠した。出来るだけ大きな体に見えるように、プッシュの形を意識した。

 被害妄想もいいところだ。でもそれは、深夜の恐怖とスケボーの悪イメージからなる人々のヤジから逃れる私なりの術であった。

 そうこうしていると、新宿へたどり着いた。当時は新宿GAP前というスポットで夜な夜なスケーターが朝まで滑っていた。私も時々そこへ顔を出していた。馴染みのスケーターが何人か終電以降も滑っているのを見かけた。
 いい忘れたが、この時は真冬だ。両手にスケシュー、ジャケット類はすべてリュックと背中の間に挟み、真冬なのにTシャツ姿だった。いつもなら声をかけるところだけど、そんな姿がとても恥ずかしかった。涙と汗で化粧もボロボロ。とにかく早く家に帰りたかった。

 彼らを横目に階段を登って再びプッシュし始めた。私はやり遂げてやる! と、ヤル気が湧いてきた。新宿まで来れたのだから、あと半分だと思うと意地だったのがワクワク感に変わった。

 当時、Redbullはまだ日本未発売。新宿駅を過ぎたくらいで、コンビニに立ち寄りポカリを一気飲みした。私なりの配慮だ。

 今度は甲州街道をひたすら高井戸方面へプッシュした。普段道路をバイクで走っていた時には気がつかなかったことが沢山あった。甲州街道は道がとても悪い。そして歩道はアップダウンの連続だった。四谷付近の路面の良さがまるで嘘のようだった。

 時折見つけるレッジなどのワックスに助けられた。ああ、ここにもスケーターがいるのだね。

 下高井戸辺りに辿り着き左へ入った。ようやく荒れた甲州街道からおさらばだ。大学の脇を通り過ぎると、ゴールが目前なことを強く実感した。途中、髪を帽子へ押し込んだ四谷、GAP横の長い階段、ポカリを飲んだコンビニ、この3箇所を歩いた。休みもせず、一度も転んでいない自分がかっこよく思えた。

 汗だくでアパートへ着くと、ルームメイトが心配し、起きてまっていてくれた。一体どれくらいかかったかというと、2時間半であった。もちろんクタクタなのだが、どいうい訳かルームメイトに格好つけてこう言った。「意外と近かった。1回も休まず帰って来たけど、全然疲れなかったよ」。これが本物のスケートボーダーさ! とばかりのセリフ。そして彼女はいつも「ちひろはかっこいい!」と褒めてくれた。

 次の日、ローカルスポットで知り合いのスケーターにも自慢気に同じセリフを言った。すると彼は「Qちゃんだね、スケート界の」と笑った。QちゃんってオバQじゃなくて、マラソンのQちゃん。彼女も私のように意地を張ったのか? 得意気に言ったのか? 違う、彼女は純粋にマラソンを愛しているだけだ。もちろん私も純粋にスケートボードを愛しているのだけど。

 そして、ご存知だろうか。日本にはプッシュマンという方がおられる。全国をプッシュで旅した青年だ。私のたった2時間半のプッシュストーリーとは比べものにならないくらい、彼はかっこいい人物なのだ。

 こうして何度かこのQちゃんネタを武勇伝のように話すが、途中でメソメソしたことを初めて明かす。そしてこれは、語るには足らない、ただのドジで意地っ張りな金欠スケートボーダーのストーリーである。

 付け加えると、このコラムを書くと決めてから、私なりに調べたのだが、甲州街道を使うよりも246へ出た方が断然距離が短いらしい。そしてさらに付け加えると、歩いても3時間くらいで着くらしい。私の涙と努力は一体何だったのだろうか。-Chihirock

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