Nike SB dojo | スケートパーク

 少し前の弟子くんのコラム『区大会』を読んで思ったことがある。それは「…
──第12回 : 運動神経とスケートボード

2012.08.07

 少し前の弟子くんのコラム『区大会』を読んで思ったことがある。それは「スポンサーがつくほどのスケーターは、基本的に運動神経がいい人が多いのではないかな」と。
 弟子くんも区大会で2位(?)になるほどだ。自分が知っている中でも、IFOのキャプテンはその名の通り野球部のキャプテン。中平健二さんに至っては、プロ野球からドラフト指名がきたという噂まで耳にしたことがある。その他にも、高校生のサッカー大会の選抜に選ばれたスケーターなんかも大勢いるようだ。
 そんな中、自分自身を見直してみると…まったく当てはまらない。僕はこれまでの人生でスポーツが上手くいったためしが無いのだ。中学で強制的にやらされていた1500m走は、毎回ワースト10に入っていた。毎年秋ごろにあるのが嫌で嫌でしょうがなかった。早めにゴールできた人は体育の成績もよく、女子からも注目されるが、僕みたいな足が遅い男子は「ドンくさいヤツだな」という目で見られる。小学校のマラソン大会ではビリになったこともある。この時は走るのをやめて縁石に座り込んでしまったのだ。体調が悪くなったからではない。当時の僕には「走らないとダメな理由」というのが分からなかった。先生がバイクで迎えにきてくれて、ふたり乗りでゴールした記憶がある。サッカーは友達に誘われてクラブに入ったが1週間で諦めて、野球をやろうと思い、家の前で壁にボールを投げてひとりキャッチボールの練習をやったがあまりにも下手過ぎて、クラブに入る気にもならなかった。学校ではボールの投げ方や走り方をよくバカにされた。どうやらフォームが他の人とは違っていて変らしい。ちなみにこの間スケートツアーで三重に行った際に、野球のボールを投げる機会があったのだが、山城正隆に「ヒジ壊しそうな投げ方だね」と笑われて、今でも根に持っている(笑)。
 そんな中で唯一長続きしたのがバスケットボール。幼馴染がやっていたのがきっかけでやり始め、奇跡的に小6から中学卒業まで続けた。練習も真面目にやり、自分なりに本気で取り組んだ。家にゴールを買ってくれと親に頼み込んだほどだ。4年間部活に通ったが、結果は最悪だった。結局1度もレギュラーになれず試合にはほとんど出してもらえない。しかも部員は多い訳でもなく、同期の仲間はレギュラーとして試合で活躍していた。僕が出場した試合といえば、卒業前の最後の大会ぐらいだ。相手は弱小チームでかなりの点差をつけていて、野球ならとっくにコールド勝ちだったであろう試合。監督の考えは手に取るように分かった。これだけ点差があれば、村岡が出て点が入れられても大丈夫だし、最後くらい思い出として出場させたやろう。チームの仲間は僕に、ボールを回してくれシュートのチャンスを5回ほどくれた。すべてゴールに向かって投げたけど、1度も入らなかった…。これで僕のスポーツ人生は終わるのだが、スケボー人生は今でも続いている。
 どうやらスケボーは運動神経が悪くても、ある程度はできるようだ。これを読んでくれた運動音痴な人が、少しでもスケボーに希望を持ってくれるとうれしい。
 こんな村岡洋樹みたいな運動音痴な人でもスケボーに乗れるんだって。

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