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 ひとつの作業に特殊な習慣性を持たせることに、どれだけ意味があるのか僕…
──第17回:JINX

2013.10.15

 ひとつの作業に特殊な習慣性を持たせることに、どれだけ意味があるのか僕にはわからない。けれども、毎回同じ手順を踏むことである種の落ち着きや意気込みを得られるとしたら、それは価値のあることだと思う。言い換えれば同じ手順を行わないことで、ある種の落ち着きは得られず、失意の底に落とされるということになる。だから僕はジンクスという言葉にこだわりたくなかった。
 それでも思い返すと、僕はいろんなジンクスに縛られている。例えばジュースなどの飲み物を一口残す。靴ひもは通す時には必ず右の穴から通す。新しい靴を午後におろす時は靴の裏に炭を塗るか、マジックで黒く染める。これらの特種なプロセスを行わないことで不吉なことが起きるとさえ思ってしまう、悪しき習慣とも言える。だからこそ撮影を行う時には可能な限りこういったジンクスは持ち込みたくない。言うまでもないが、不吉なことが起きると思い込んでいるフィルマーに撮影されたいライダーなんていないはずだ。
 というわけで、前置きが長くなってしまったが、どうしても僕が撮影する時に持ち込んでしまったジンクスがある。でもひとつだけ言わせてもらえるなら、沢山の不幸な出来事から脱却するために、僕はこのジンクスと付き合うはめになったということだ。迷信めいたいかがわしい信仰のようにも感じられるかもしれないが、負の連鎖から抜け出すために必要なことだった。
 スケボーの板がカメラに当たりレンズに傷が入りカメラが壊れた。撮影していたライダーが転んで金網に挟まり指がとれそうになった。車をバックさせたら電信柱にぶつかって思いもよらない出費がかさんだ。もしかしたら当時付き合っていた女の子と上手くいかなくなったのもこのせいかもしれない、とさえ思った。とにかくいろんなことがうまくいってなかった。これらの不運の連続から逃れられることができるなら信仰めいたこともひとつの手段だと感じたし、特殊な習慣性が幸運なジンクスになりうるのではないか、という答えに僕は行き着いた。例えばトイレに入ったら必ず右回りに一回転してから便座に座るとか、黄色い車とすれ違ったら鼻の穴を広げる、新しいスケボーの板に変えたら両方の踵を鳴らすなど、それはなんでも良くて、特殊な習慣性でさえあれば良かった。
 では実際にどんなことをするようになったのか。ここで話したいのは山々ではあるが、それを言ってしまうことで効力がなくなってしまうというのもひとつのジンクスなのである。もしみなさんも負の連鎖に入り込んでいるとしたら特殊な習慣性に出口を見出してみるのもひとつの手段かもしれない。

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