ConsolidatedがDrunk(公式でDrunksなどとも記載されており呼び名にブレあり)というNike Dunk SB(現Nike SB Dunk)にそっくりなシューズを作っていたことをご存知な方も多いのではないでしょうか。なぜこのようなシューズが発売されたのか、みなさんはその経緯を知っていますか?
これに関して日本では広く知られている説があります。その説というのが、2006年にNike SBが発売したトッド・ブラットラッドのデザインによるDunk SBについて「ローカルのスケートショップ限定で発売する予定だったが、勝手に世界販売したことを発端にConsolidated側が怒り、DON’T DO IT.キャンペーンがスタート。その一環でDrunkを発売した」というもの。この説はおそらくひとつの広告の文章を翻訳して拡大解釈したものと思われます。その広告というのがこちら。


「状況を悪用して優位に立とうとする人がいる。我々のアーティストの地元のスケートショップに対する好意から始まったものが、まったく異なるものへ作り替えられてしまった」から始まるこちらの広告には、事の経緯が詳細に書かれていないため、始まりの一文から前段の様な説の理解に至ったのだと推測されます。しかし事実は異なっているので、今回この場で正しいストーリーを記して行きたいと思います。
発端はNike SB以前の1996年。Nikeがスケートシューズを発売したところまでさかのぼります。そのモデルとは1996年1月発売のSnak。

この時点でConsolidatedは大企業のスケート業界参入を快く思っておらず、この段階でDON’T DO IT.のスローガンが出来上がっています。その証拠として、1997年にConsolidatedによるDON’T DO IT.というスローガンの商標権出願が行われています(trademarks.justia.com/754/05/don-t-do-it-consolidated-skateboards-75405244.html)。
またThrasher 1998年4月号にはWHY DON'T DO IT?というタイトルがついたCosolidatedの広告が掲載されています。


そのため、DON’T DO IT.の始まりは2006年のDunk SB発売よりずっと前だったことが分かります。さらに2006年にDunk SBが発売されるまでの経緯やConsolidatedが怒るまでの経緯も異なっています。その辺りの経緯の詳細はOllie Magazine 2006年12月号のトッド・ブラットラッドのインタビューにて語られています。

トッドはミネソタ州にFobiaという懇意にしていたスケートショップがあり、Nikeからそのショップ限定販売のDunkのデザインを依頼されたのがすべてのきっかけなのだとか。紆余曲折の後、そのDunkはお蔵入りに。しかし、Nikeの担当者がこのデザインを気に入ったようで、次のウインターブルーというコレクションにて別のDunk SBのデザインをして欲しいと依頼があったそう。そこでトッドは一番好きなスケシューであるAirwalkのPrototype Bruiserというモデルをサンプリングしたカラーをデザイン。

同時に当時よくNHLのサンノゼ・シャークスの試合を観戦していたこともあり、シャークスも意識していたとのこと。

トッドとしては確かにConsolidatedのカラーに似てはいるがまったく意識はしておらず、ウインターブルーコレクションの”青の濃淡でデザイン”という指定に従っただけのようです。そして遂に2006年にトッドによるデザインのDunk SBが発売。

「Consolidetedのデザインを手掛けるトッド・ブラットラッドのデザインのDunk SBが発売」という情報が各種メディアで掲載されました。もちろん正式名称としてはトッドとのコラボモデルとして、トッドのデザイナーとしての屋号であるSend Helpと名付けられていますが、どうしても知名度の差でConsolidatedのイメージが先行してしまっています。Nikeが意図的に仕掛けたのか真意は不明ですが、誰がどう見てもConsolidatedとのコラボモデルであり、未だに多くの人にそう誤解されています。
そして、Consolidated側は発売後に初めてこのDunkの存在を知ることになったそうです。Slapの掲示板でConsolidatedの創設者のひとりであるレティシア・ルアーノが当時の心境として「Nikeとのコラボについてはショップから問い合わせがあるまではまったく知らなかった」と書き込んでいます。

元々ConsolidatedはDON'T DO IT.というスローガンを掲げていたにも関わらず、Nikeとコラボしたと誤解されれば印象が悪い。実際に筆者も当時DON'T DO IT.のTシャツなど愛用していましたが、こちらのDunk SBが発売した時にはConsolidatedのコラボだと勘違いし「Nikeからいくら貰ったのか知らないけど、お金の力には勝てないものだな…」とがっかりした記憶があります。
しかし、実際にはConsolidatedは一切話を聞いておらず、もちろんお金も支払われていない。イメージのただ乗りだったため、怒りが爆発し、最初に紹介した広告へと繋がりました。そして、一連の流れでトッドはConsolidatedを離れることになり、さらに同時期にチームにいてNike SBのライダーでもあったエメリック・プラットやセス・マッカラムなども解雇されてしまいます。
その後、ついに2006年11月にConsolidated Drunk High BSが発売されたという経緯になります。

今回紹介した経緯は過去の文献やWeb上の当事者情報を元にしているため、ある程度正確なはずです。しかし、あくまでもトッドとレティシアからの視点のみの話になります。実際に『MADE FOR SKATE』という書籍には、Consolidatedの創業者のひとりであるバードことスティーブ・ギシンジャーが「トッドから『コンソリダンクと呼びたい』と言われたが『絶対にダメだ』と断った」という記述があります。


そして当時のNikeの担当者からの視点でも、また別のストーリーがあるはず。いつか機会があれば聞いてみたいと思っています。
また過去に発売されたDrunkシリーズのいくつかのモデルで筆者の詳細解説動画もあります。下記に貼り付けておくので、ご覧いただければ幸いです。
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