ADIDAS SKATEBOARDING

日本人初のシグネチャースケートシューズ
──第4回:MIZUNO - THREE FEET HIGH

2026.02.18

 日本人がスケートシューズを語る上で、絶対に外せない靴がひとつあります。それが1998年にMizunoから発売された、Yoppiこと江川芳文の日本人初シグネチャースケートシューズであるThree Feet Highです。
 発端は当時Mizunoでクリエイティブディレクターを務めていたGeneral Researchの小林節正から。小林氏といえば元々靴職人でUndercoverのスニーカーを手掛けるなど、シューズとストリートのバックボーンを持ち合わせていた人物。Mizunoという日本のブランドで日本人スケーターのためのスケートシューズを作りたいという想いから、説得に説得を重ね実現した模様。
 その努力が結実した結果、1996年10月に発売されたスケートシューズがこちらのThree Feet Highになります。

 

 上記写真はみなさんがご存じのあのシューズとは違うかもしれません。名前こそ、この段階からDe La Soulのアルバムから引用されたThree Feet Highですが、実はこちらはYoppiが関わる前に開発されたスケートシューズになります(上記画像左下のAsayan 1996年11月号の広告でYoppiがモデルを務めているが、開発段階ではノータッチ)。
 販売価格は14,000円、カラーはブラック、バーガンディ、ブラウンの3色展開。スケートシューズというより、当時空前のヒットを飛ばしていたNorthwaveを代表とするアフタースノーシューズといった見た目です、それもそのはず、実際のスケーターが開発に携わっていなかったため、実用的でないものになってしまうのは無理もありません。

 このままではダメだとUndercoverの高橋 盾に相談し紹介されたのがYoppiになります。ここでついに自身のシグネチャーシューズとして開発段階から携わることになりました。シューズのデザインはT19のチームメイトでもあるSK8THINGに依頼し、グラフィティで江川の頭文字であるEの文字を表現したデザインをサイドに採用。

 

 その他、当時大人気だったDCのBoxerやPlugなどを模したシューレースループに、のちのスケシュー界でスタンダードになる、Reebokワークアウトのようなダブルカップソール風な形状のミッドソールなど、スケートシューズへの造詣の深さが伺える秀逸なデザインでした。

 

 唯一の心残りはアウトソールのデザインはスケシン氏が関わっておらず、作り込みが甘いのだとか。

 

 また配色はYoppiが自ら行っており、シュータンの黒赤白の配色はJordanのブルズカラーインスパイアのようです。

 

 販売価格は15,000円、配色はベージュを基本に3パターン。性能面でも実用に耐えうるスケートシューズになるよう、手探りのなかさまざまなテストを実施し調整を重ね完成。Asayan 1997年12月号に広告が掲載され、1998年初頭に発売されました。

 

 1998年6月には同じソールを使用し、アッパー部分のディテールやデザインをアップデートした第2弾も登場しました。

 

 販売価格は13,800円、カラー展開はグリーンとグレーの2色。アッパーにはスエード以外にメッシュ素材を使用し、シルエットも少しシャープでスタイリッシュなデザインに向上。'90年代後半のハイテクスケシューの流れをしっかりと組み込んだ秀逸な仕上がりです。
 また、当時Boonを読んだエリック・クラプトンがThree Feet High目当てでHECTICに来店したことがあり、その際にシューズをプレゼント。のちにライブで履いていたという逸話もあります。プレゼントのお礼にライブにも招待されたが予定が合わず、藤原ヒロシが代わりに行ったのだとか。また、ライブ以外にも原宿でトンカツを奢ってもらったのだが、当時はあまりエリック・クラプトンを知らなかったので、後々になってすごい体験をしたなと実感したようです。
 なぜこのような逸話ができたかと言うと、エリック・クラプトンは元々StashやFuturaのグラフィティ作品を購入するほどのファンで、シューズに採用されたグラフィティのデザインが彼に刺さったようです。またエリック・クラプトンと言えば1998年のツアージャケットを藤原ヒロシが手掛けたり、2001年のツアーTシャツのデザインをショーン・ステューシーが担当し、ものすごくéSっぽいTシャツが出たりとストリートカルチャーの重鎮とも親交も深く、その辺りも合点がいきます。

 

 そんな抜群なバックグラウンドを持つ超革新的プロジェクトでしたが、Yoppiのシグネチャーシューズを2作出したところで終了してしまいました。それ以降はMizunoといえばスポーツや部活のイメージが強く、ファッションやストリートのイメージは皆無でした。そんななか、2018年にMita Sneakersで取り扱いがスタートし、Kazokuプロジェクトの始動とともに数々の別注モデルもリリースされ、近年はスニーカーシーンでも存在感を示すようになりました。

 

 同じく日本では部活のイメージが強かったAsicsが、2020年にスケシュー業界に参入しました。

 

 当初日本では懐疑的な意見も多かったものの、今現在はかなり目立つ存在まで成長しており、特にニューヨーク近郊での人気っぷりには目を見張るものがあります。海外ではジャパンブランドにはクールなイメージがあり、割とすんなりと受け入れられたのでしょう。Mizunoも戦略を間違わなければ、うまくいく可能性を秘めています。その足掛かりとして、このThree Feet Highの復刻から始めるのは、最高のストーリーではないでしょうか。

 

FRICKS KICKS

苦節8年、YouTubeにオリジナル動画100本超で総再生約40万回と超低空飛行中。

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