ADIDAS SKATEBOARDING - TEKKIRA CUP X MOMIJI NISHIYA

購買意欲は2倍3倍!?
──第6回:コラボスケシューヒストリー

2026.03.31

 マーケティングの観点からコラボという文化が根付いたきっかけを作ったのは藤原ヒロシと言われています。1982年にNYで見かけたTiffany&Co.の刻印入りRolexやMontblancからヒントを得て、1995年にGOODENOUGH別注のPorter製DJバッグを制作したのが始まりだそう。

 

 しかし、スニーカーの文化ではもう少し早くからJD Sportsなどショップ別注のスニーカーがいろいろとリリースされています。昨今はコラボと一口に言っても協業で新製品を開発するのか、既存製品の色付けをするだけなのかの違いが細分化されていないために、この時期のズレがあるのだと思われます。
 今回スケシューにおけるコラボの歴史については、そこは切り分けずに紹介していきたいと思います。
 まず、私の知っている限りだと、古くは1994年に当時etniesを日本に輸入していたレバンテ別注カラーのRapやLoCutのサンプルが存在しており、Boon 1995年1月号に掲載されています。

 

 その後は1996年に発売されたSupreme × VansのOld Skoolが有名。

 

 しかし、スケシューにおいてコラボ文化はこの段階ではあまり普及しませんでした。その後は少し空いて1999年に同じくSupremeからDCのコラボモデルが発売。

 

 そしてスケシューではありませんが、Visionが同じく1999年にCocobatのTake-Shitとのコラボシューズを発売し、2000年にはVisionとMILKBOYのコラボモデルが発売。

 

 2001年にはGravis × StashやMad Foot! × Hecticなど裏原系のコラボが盛んだったほか、AlphanumericがSuppa、そしてNikeともコラボモデルを発売。

 

 2001年にはDCもMetalheadzやシェパード・フェアリーとのコラボを立て続けに発売し、Vansからは映画『Dogtown & Z-Boys』コラボが発売。

 

 2002年にはAirwalkのMita Sneakers別注が3型発売され、I-PathはXLARGEとコラボモデルを発売。

 

 またNike SB発足と同時にライダーのシグネチャーカラー以外にZoo York、Chocolateとのコラボモデルが登場。その後はSupremeなど数々のコラボモデルが発売され大人気になり、さまざまなブランドでコラボシューズの販売ペースが加速。

 

 と、ここまでたくさんのコラボシューズが発売されてきましたが、どちらかと言うとストリートファッションやスニーカー好きに向けたコラボというイメージが強く、コアなスケートブランド同士のコラボではないため、スケーター間ではあまり話題になりませんでした(※Nike SB発足当初は一部のスニーカーメディアと人伝ての情報しかなく、スケーターというよりスニーカー好きに大ヒットしていた)。
 しかし、その後に転機を迎えます。2004年にSavierがHabitatとのコラボモデルを発売。

 

 両ブランドのライダーだったティム・オコナーがきっかけになったこのモデルは、生粋のスケシューブランドと旬なデッキブランドの組み合わせで完全にスケーターのみをターゲットにしており、各地のスケートショップで販売されたことからスケーターを刺激しました。そしてこれ以降は、他のスケシューブランドでもコラボの手法が一般的に取り入れられるようになりました。
 同じく2004年にLakaiとGirl、LakaiとChocolateのコラボが立て続けに発売。

 

 この2004年は名作が多く、I-Pathが当時原宿にあったセレクトショップFooberとのコラボで発売したYogiは非常にいい配色でした。

 

 この流れはドメスティックブランドにも波及し、2005年にはMad Foot! × T19のコラボでVansのマイク・キャロルのシグネチャーをサンプリングしたシューズを、さらにTasとSoarもコラボモデルを発売。

 

 2005年にはReebokがRBKというラインをスタートさせ、チームに迎え入れたスティービー・ウィリアムスのDGKとコラボモデルを発売。

 

 その他、せっかくなので各ブランドの創設者や関係者にコラボの歴史についてSNSで質問してみました。
 まずOsirisの創設者のひとりでハイテクスケシュー史上最も象徴的なモデルであるD3 2001をデザインしたブライアン・リード(@og_r3id)から返信が。
 Osirisの初めてのコラボではないかもしれませんが、初期のコラボで印象的だったのはOG Abelのコラボ。レジが壊れるくらいバカ売れして、まさにコラボレーションのパワーを感じたそうです。

 

 また、Sole Technologyの副社長でéSの最高責任者であるドン・ブラウン(@don_brown)からも返信があり、いろいろ教えてもらいました。
 éSは2002年にビデオ『Chomp on This』の限定シューズをF&Fで限定生産。

 

 2003年にinbisible:manとのコラボが販売予定だったが残念ながらこちらはドロップ。そして2006年にPlan BコラボのPJ・ラッドのモデルが限定1000足で発売。

 

 また2006年はetniesの20周年になり、同じく20周年を迎えたイギリスのスケートショップSlam City Skatesとのコラボモデルが発売。

 

 Emericaからは2008年にライダーのエド・テンプルトンのブランドであるToy Machineとのコラボモデルが発売。

 

 またコラボと言えばダブルネームと言われるような2社のコラボが一般的ですが、稀にトリプルネームと言われる3社がコラボするようなこともあります。例えば2018年のVHSMAGとT19とReebokのコラボは、この記事に掲載せずにはいられないコラボ。

 

 そんな中、筆者が知っているものだと4社がコラボしたクアドロプルネームと言われるものも稀にですが存在しています。まずスケシュー以外では2017年のAtmosとSecret BaseとRon EnglishとPumaによるコラボはなかなかインパクトがありました。

 

 スケシューでは2023年に発売されたGirl 30周年モデルが、このクアドロプルネームにあたるでしょう。GirlにLakai、Vans、adidasという3社のシューズが1箱に収められたこのコラボは、世界30セット限定でeBayのオークションに出品された、定価という概念のないモデルでした。

 

 結果はUS10、10.5、12インチが一番高く510ドル、US6.5が一番安く255ドル(安すぎ!!)でした(※ちなみに日本への送料は600ドルだったので、日本からオークションに参加すると送料の方が高額)。
 以上が筆者が把握しているコラボスケシュー史における重要な局面のまとめになります。しかし、実はこの一連流れとは関係のないところで、もっとはるか昔の1987年にコラボモデルのスケシューが販売されていました。Vans × Madrid Skateboardsによるコラボ。

 

 財政難に直面し新しい打開策を探っていたVansと、ライダーの声を形にした最高のシューズを求めていたMadrid。ここで両者の思いが重なり、この取り組みは時代を先取りして、かなり早い段階で実現。さらにVansと言えば映画やディズニーなどのシューズがもっと前から存在しており、コラボという文化を語る上で一番重要なブランドと言えるでしょう。
 また、Reebokには1988年に発売されたRADというスケートボード・BMX用のシューズがあります。

 

 当時英国にはRAD(Read and Destroy)というスケート雑誌が存在しており、そのコラボではないかと噂されていましたが、実際にはコラボではなくReebok Advance Designの頭文字をから取った命名になり、たまたま名前が被っただけの模様。
 ここに述べた以外にもたくさんのコラボモデルが実在しており、すべてを把握はできていませんが、まだまだ興味深く魅力的なコラボがあると思います。さらに今後も展開されていくであろう、さまざまなコラボも楽しみです。

 また上記のいくつかのモデルで筆者の詳細解説動画もあります。下記に掲載しておくので、ご覧いただければ幸いです。



 

FRICKS KICKS @fricks_kicks

苦節8年、YouTubeにオリジナル動画100本超で総再生約40万回と超低空飛行中。
コラム一覧:www.vhsmag.com/column/frickskicks/

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