ADIDAS SKATEBOARDING

歴史が動いた
──止まらない快進撃

2026.02.19

 デジタルネイティブという、ひと時代を表すキーワードもだいぶ古臭いものになってしまった。今や、AIネイティブな時代の到来で、真実(真理)を写し出すのが本懐であった写真においても、清濁合わせ呑むようなものだろうか。そういう過渡期にあって、スケボーはいい。スケボーのグラビア写真は、その日、その場所、その人がそのトリックでメイクした事実が重要なので、AIによる絢爛豪華な背景の創作やアンビリーバボーなシチュエーションが、スケボーの芸術度を高めてくれるわけではない。そんな虚飾より、シリアスでヒリヒリしたメタリックなストリートの現場の生々しい事実が欲しいのである。ということで、懲りもせずに日夜スケボーのグラビアを追い求めている日々の中、ふと思ったことがある。それは、'90年代からずっと難攻不落なハンマースポットのひとつとして知られる某所で、山下京之助がメイクした49n撮影のグラビアを眺めているときだった。「そうか、Asicsネイティブの時代でもあるのだなぁ」と。Asics Skateboardingのグラビア・リーディングスコアラーな山下京之助の世代は、スケボーに乗った時から、Nikeやadidasといったナショナルフラッグなメーカーのスケボーラインが当たり前のようにあった。それ以前、VansのチャッカブーツやAirwalkやReebokのバッシュでスケボーしていた時代のスケーターからしたら、スケボーインダストリーの外にいたビッグカンパニーがスケボーシューズに参入してきたというのはかなりのインパクトだった。そこからさらにゲームチェンジはおきて、日本が誇るメジャーリーガー、Asicsがグローバルでスケボーシューズを展開し、話題をかっさらい、シーンを席巻するようになって久しい。スケボーシューズとしてAsicsを初めて知るキッズも増えた。BリーグやVリーグでもなく、世界陸上や東京マラソンでもなく、クライマックスシリーズやルヴァンカップ・ファイナルでもない、スケボーのコンテストやストリートスケートの現場でAsicsのかっこよさを知る。Asicsのライダーのすごさを知る。ライダーのメンツもどんどんアップグレードされていて、最強布陣が形成されつつある今、その快進撃は止まらないどころか本物であり、益々、Asicsネイティブな時代を物語っていくはずだ。それはSbのグラビアページをめくれば、真実(真理)を浮かび上がらせているのだと確信するんじゃないだろうか。

─Senichiro Ozawa(Sb Skateboard Journal)

 

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