30年以上もの歴史があるスケートシューズブランドのDC。それだけの長い年月を振り返ると、その歴史は本当に波乱万丈のようです。実に興味深い出来事がたくさんあるので、年表でまとめてみました。
1989年
スノーボードに打ち込む傍ら、ガレージでTシャツにシルクスクリーンプリントをして生計を立てていたケン・ブロック。


1990年
本格的にグラフィックデザインを学ぶためにケン・ブロックはコミュニティカレッジに通い始める。そこでダニー・ウェイの兄であるデイモン・ウェイに出会い意気投合。


1991年
ケン・ブロックとデイモン・ウェイのふたりは、カリフォルニア州ビスタでEightball Clothingを本格的に立ち上げる。Eightballのロゴはデイモン・ウェイが授業中にデザインしたものである。

1992年
Droors Clothingを立ち上げ、Eightballで作ったデニムパンツを改良したジーンズを発売。

1993年
Blunt Snowboard Magazineを創刊。またこの時、Plan Bのマイク・タナスキーから「スノーボードブランドを作りたい」という相談を受け、Type-A Snowboardsを共同で運営することに。そしてEightball、Droors、Blunt、Type-Aを束ねる会社としてCircus Distributionを設立。しかし、アメリカ国内でのEightballの商標権を他者に先に取得されてしまい、段階的にEightballの使用を停止していく。その代わりにジーンズで好調だったDroors Clothingがメインのブランドとなる。
また、「スケートシューズにはまだまだ進化の余地がある」との考えからスケートシューズのサンプルを製作し始める。Vansにカスタムオーダーをするが、シンプルなVansの靴にDroorsのロゴをプリントしただけの物しかできなかった。

1994年
ここでついにDCが誕生。Droors Shoesなどいくつかの候補からDC(Droors Clothing)と命名。DCの立ち上げとともにダニー・ウェイとコリン・マッケイのシグネチャーシューズを発売。

このシューズは自社の力のみでは開発が難しかったため、etniesを運営するピエール・アンドレに相談し実現することができた。また、この時のロゴデザインはデイブ・パースーに依頼。最終的にダニー・ウェイがいくつかの候補の中からオーバルロゴ(画像左)を選択し決定した。ちなみに同年に誕生したDroorsのスノーウェアラインであるDUBのオンランプという名のロゴ(画像右)もデイブ・パースーのデザイン。

1995年
制作の労力が大き過ぎるため、Blunt MagazineをWorld Industriesに売却。
DCは順調にチーム、売上ともに拡大していくが、Championからロゴの類似性で訴えられ、スターロゴに変更。スターロゴのデザイナーはデイブ・キンゼイ。


1997年
シューズに5スターを載せるための商標権をConverseが保有していたため、今度はスターロゴも使用できなくなる。ロゴの星マークのデザインを5つ星から7つ星に変更することにより商標の問題を回避。

DroorsといえばDが4番目、Cが3番目のアルファベットということで、よく43がモチーフに使われる。そのため、DCでは4+3=7ということで、07という数字がキーになる。ちなみにDUBは43の倍数である86を反転した68がキーナンバー。


DCでスノーボード、サーフ、モトクロス業界に参入しチームを編成。
1998年
業績が拡大していくDCに経営を集中するため、利益率の低かったDroorsとDUBをWorld Industriesに売却。社名をCircus DistributionからDC Shoes inc.に変更。
Droorsとの関係が途切れてしまったため、DCの由来は初期ライダーのダニー・ウェイとコリン・マッケイの頭文字から取ったと公式からアナウンスし始める(※近年はDroors Clothingの頭文字が正しいと訂正されている)。
1999年
Supremeとコラボシューズを発売。まだあまりコラボ文化が根付いていないスケシュー業界ではVansに次いで前衛的なコラボとなる。

2000年
BMXでも正式にチームを編成しデイブ・ミラなどが加わる。
ジョシュ・ケイリスを起用したTV CMが登場。日本でもASAYANなどの人気番組でCMが流れた。
2001年
Double Label ProjectsとArtist Projectsというコラボレーションシリーズが登場。ここから継続的にコラボシューズが発売されていく。


2002年
Billabongから買収の提案を受けるが頓挫。
この時、CFOだったクレイトン・ブレムを解雇するのだが、BillabongがDCに求める「若々しく流行に敏感なイメージ」に合致しなかったため、年齢差別による不当解雇だったと主張し訴訟問題に発展した。その後、この主張は棄却された。
2003年
DC初のフルレングスビデオ『The DC Video』とブランドヒストリーブックの『Agents of Change』をリリース。


2004年
QuiksilverがDCを買収し、傘下に入る。
『The DC Video』でダニー・ウェイがTransworldのベストビデオパート賞とThrasherのSOTYに選ばれる。


2005年
ケン・ブロックは、モトクロスのライダーだったトラビス・パストラーナのラリーカー参戦の手助けをしたことをきっかけに、自身もラリーカーのドライバーに挑戦、以後才能を開花させる。


また、この年DC ComicsがDCの文字に星マークをデザインしたDCにソックリなロゴを使用開始。その上でDC ComicsはDCを商標権侵害で訴えたがDC Comics側の商標権取得に不備があり敗訴。今度は逆にDCがDC Comicsをロゴの商標権侵害で訴え勝訴した。

結局この商標権の問題がきっかけで、2012年にDC Comicsはロゴを変更。
2008年
創業者のひとりでもあるデイモン・ウェイが退社。
2009年
一部アクセサリー類とスノーボードの板に対して、Chanelの商標権を侵害しているとの通達があり、その製品にスターロゴを使用できなくなる。以後DCのスノーボードの板に使用されているロゴはまったく違うものになっている。


2010年
本拠地をカリフォルニア州ビスタから、ハンティントンビーチにあるQuiksilver本社に移す。
チームライダーのロブ・デューデックがスケートボードの世界大会であるSLSを発足。DCがメインスポンサーになりDC Pro Tourと名付けられる。
2011年
ブランドの若返りを目的に、スティーブ・ベラの指揮によりイメージの刷新を図る。チームにマイキー・テイラー、マイク・モー・カパルディ、ナイジャ・ヒューストン、クリス・コールなどを迎え入れ、新しくフラッグロゴの使用を開始する。


2012年
シューズデザインも業界で主流になっているミニマムでスッキリとしたシルエットが主軸になる。


2015年
親会社であるQuiksilverが米国で破産申請。
2016年
破産申請がきっかけになり、長年所属していた看板ライダーのひとりでもあるロブ・デューデックがチームから離れる。

Quiksilverは投資ファンドの支援を得て再建を果たす。そのタイミングでデイモン・ウェイが会社に復帰し、再度ブランドイメージを原点回帰させる方針へ切り替えチーム編成も大きく変わる。
2017年
QuiksilverからBoardridersに社名変更。
DimeとのコラボでLegacy OGを復刻。過去のDCの遺産が活かされたアイテム展開が行われ始める。

2018年
Pop Trading Companyが初期DCロゴのパロディアイテムを販売していたため、使用停止命令を通達。しかし、スケートボードカンパニー同士であったことから、この件きっかけに意気投合。


2021年
Pop Trading Companyとコラボアイテムを発売。通常のアイテムとは別に、Championと問題になった旧ロゴを使用したアイテムも制作。商標権の問題があるため、こちらは一般販売はされず関係者のみに配られた。


2023年
創業者のケン・ブロックがスノーモービルの事故により他界。Authentic Brands GroupがBoardridersを買収し、傘下に入る。これがきっかけで最初期ライダーのダニー・ウェイとコリン・マッケイがチームを離れる。
現在
長い歴史と膨大なレガシーを武器に、ジョシュ・ケイリスやジョン・シャナハンにジャミール・ブラウン、日本からは本郷真太郎に青木勇貴斗などストリートに根差したチーム編成で活躍中。さらには今年に入りブラジル人のユーリ・ファッチーニも新加入。これからの動向に注目したい。


最後に、2021年のPop Trading Companyとのコラボで配布した関係者限定アイテムのひとつであるPop Strickerについて紹介した筆者の動画があるので、下記に掲載しておきます。気になる方はこちらもぜひ。
FRICKS KICKS @fricks_kicks
苦節8年、YouTubeにオリジナル動画100本超で総再生約40万回と超低空飛行中。
コラム一覧:www.vhsmag.com/column/frickskicks/















