Nike SB dojo | スケートパーク

神童と謳われ鮮烈なデビューを果たしてから30年。ガイ・マリアーノのレガシーを振り返る。
──GUY MARIANO

2019.04.18

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Photo: Junpei Ishikawa, Special thanks: Nike SB

VHSMAG(以下V): 2015年にNike SBに移籍したわけだけど、そのきっかけは?

ガイ・マリアーノ(以下G): 当時はGirl系のブランドが若いライダーを迎え入れていろいろ変化している時期だった。今でもヤツらのやっていることは最高だと思っているしリスペクトもしている。GirlやLakaiで過ごした時間はかけがえのないものだったけど、前に進まなければならなかった。それがお互いにとって良かったんだ。新しいライダーに専念できるわけだから。オレが去ったことで若手にチャンスが与えられるようになったと思う。

ずっと雄斗の動きを見守ってきたし、いつも感心させられる

V: Nike SBに加入してどう?

G: みんな知っていると思うけど、Nike SBには最高のスケーターが所属している。(堀米)雄斗、イショッド(・ウェア)やシェーン(・オニール)と一緒にツアーに出ているなんて信じられないくらい。オレにとってはヤツらが世界トップのスケーター。一緒に日本に来ることができて光栄だ。ずっと雄斗の動きを見守ってきたし、いつもヤツには感心させられる。スキルフルなだけじゃなく、スタイリッシュで可能性が無限大。ということでNike SBに加入して思うことは最高のチームとシューズ。


 

V: ではトリックセレクションについて。テクニカルを追求すればするほどスタイルが薄れてしまうことがあるけど、ガイはそうじゃないよね。

G: トリックセレクションはパーソナルなもので、一緒に動く人間に影響されることもあると思う。いい関係が築けているフィルマーと動いていれば「もっと良くできるはずだ」と言ってくれることもある。たとえばタイ・エヴァンスはテクニカルなトリックをクリーンに魅せられるようにアドバイスをしてくれた。「そのトリックならフリップアウトできるんじゃないか」とかね。そうしてやりすぎない程度にテクニカリティを追求することができたんだ。

V: テクニックとスタイルの両方を兼ね備えた稀有な存在だと思う。現に昨年は「'90年代」という括りでSkateboarding Hall of Fame(スケートボードの殿堂入り)を果たしているし。

G: そうだね。「スケートボードの殿堂入り? なんだそれ!」って思うスケーターが多いのは知っているけど、会場にはランス・マウンテン、ジェフ・グロッソ、スティーブ・キャバレロといったそうそうたる面子が揃っているんだ。ガキの頃に憧れた人たちに祝福されたのは光栄だった。人生の晴れ舞台と言ってもいいほど。家族をはじめ、ゲイブリエル・ロドリゲスやパウロ・ディアズといった古い仲間を招待した。彼らにとってもこの受賞は意味のあるものだったと思う。本当に光栄だった。

V: '90年代を振り返ってどう思う?

G: '90年代はスケートの主流がストリートに移行して注目を集めた時代。劇的な変化を遂げた時代。'90年代を振り返ると、カリーム・キャンベルを思い出す。わかるだろ? ラインを組みながらページャーをチェックしていたり。ただ、'90年代は大変な時代だったと思う。特定のスタイルしか認められない風潮があったからね。でも今はファッションもトリックも多様になって何をしても許されるからいい感じだと思う。

V: 当時と比べて撮影のアプローチも変化したよね。トリックやスポットなど今はすべてが計画的になったと聞いたことがあるけど。

G: たしかに歳を重ねると計画性が重要になる。事前にトリックを練習してからフィルマーとストリートに出ることも多くなった。家族や子供がいるから昼までに仕事を終えたいんだ。若い頃は仲間と1日中ハングアウトしていた。それがスケーターという人種の活動だったから。スケートして、コーヒーを飲みながら2、3時間ハングアウトしてまたセッションに戻る。そしてまた2時間ほどハングアウト。でも今はスケートできる時間が限られているからすぐに必要なフッテージを収めないと。あとはフォトグラファーやフィルマーの時間を無駄にしたくないというのもある。でも時代は変わった。誰でもiPhoneで撮影できるようになったからね。そうなったことでプロのフィルマーが制作するビデオパートというアートフォームが失われてしまったような気がするんだ。ビル・ストロベックのような独特な世界観。どのようにスケーティングが記録されるか。これは非常に重要なことなんだよ。すべてがiPhoneで撮影されるようになるのはゴメンだね。

自分がどのようなスケーターなのか、どうしたいかをしっかりと理解する

V: ビデオパートといえば、ガイがこれまでに残してきたものはすべて最高のものばかりだった。素晴らしいビデオパートを残すのに欠かせないことは?

G: 自分がどのようなスケーターなのか、そしてどうしたいかということをしっかりと理解すること。今の時代、才能あるスケーターが溢れているから油断した瞬間に次の才能に立ち位置を奪われてしまう。非情なインダストリーだから。昔は怪我をしても誰にも知られることはなかった。でも今は怪我で3、4ヵ月シーンを離れると「ヤツは消えた」って言われる時代。まあ、ビデオパートの話に戻すとすべてはフィルマーだと思う。グレッグ・ハント、タイ・エヴァンス、ビル・ストロベック。スケーターだけじゃなく、こういったフィルマーも称賛されるべきだと思う。

V: これまで残したビデオパートについて、それぞれ一言もらってもいい? まずは『Video Days』。

G: あれは今までで一番スケートが自然にできた頃の作品。仲間とただただスケートを楽しんでいた。さっきの質問にも繋がるけど、スケートを楽しんでいるとそれがパートに反映されると思う。「仲間と楽しんでいる姿を見るのが一番ドープだ」とは故ジェイク・フェルプスの言葉。『Video Days』はスケートを楽しんでいる姿がしっかりと映像に表れたパート。当時は注目を集めるキッズがいなくて、プロといえば大人ばかりだった。そういった意味ではキッズに希望を与えられたパートでもあったと思う。「子供でもフィーチャーされるんだ」ってね。


 

V: では『Mouse』は?

G: 『Mouse』は劇的に進化できた時代。ひとつ言えるのは「パーティばかりしていて『Goldfish』で結果を残せなかった」ということ。『Goldfish』で仲間が活躍している姿を観るのは辛かった。オレだってまだできると思っていたから。でも『Mouse』の頃には少し大人になってパワーもあった。スケートを楽しむこともできたからそれもパートに反映されていたと思う。あのパートはティム・ダウリングと撮影したんだけど、フィルマーと特別な絆を築けた初めての作品だった。

V: ティム・ダウリングのNine Clubのエピソードでも『Mouse』の話が出ていたよね。

G: そう。本当にいい関係が築けたんだ。ただ撮影しに行くのではなく「一緒にスケートしに行こう!」って感じだった。ヤツ自身いいスケーターだし、一緒にスケートをして結果的に何かしら撮れれば良かった。でも残念だけど時代は変わった。今は特定のトリックを撮影する感じだから、どうしてもフッテージを観ると仕事をしているように見えてしまう。だからオレにとって『Mouse』はフィルマーと絆を構築してスケートを楽しむことができた最後の作品。


 

V: 次は『Fully Flared』。

G: 『Fully Flared』ね。『Mouse』の後は何年もスケートから離れていたから撮影に対して神経質になっていた時代。タイ・エヴァンスが絶対にオレに「NO」と言わせなかった時代。当初は「数カット撮れればいい」と思っていたんだけど、タイはフルパートを撮ると言い出したんだ。オレは「無理にきまってんだろ。時間がねぇよ!」と断ったら「締切を延ばす」って…。だからすべてはタイのおかげ。ヤツがオレを撮影に連れ出してくれたんだ。あの頃に頻繁にツアーに出るようになって、スポットで投光機を使ったりしながら撮影をして、世代を問わず素晴らしいスケーターに囲まれるようになった。何が助かったって、マイク・モーとブランドン・ビーブルと仲良くなれたんだ。ヤツらはチームの中でも注目の若手だったから最初は構えていた。ふたりともヤバいスケーターだから。そういう意味で『Fully Flared』は恐怖や不安に打ち勝つことができた作品。


 

V: 『Pretty Sweet』は?

G: 『Pretty Sweet』。これこそ“fully flared(完全に広がった)”パートだったと思う。中国で撮影を重ねて、時間をかけて難解なトリックに挑んだ作品。『Fully Flared』の頃より自信を持って取り組めた。ひとつのトリックを撮るのに5年かかることもある。というのも、トライしたりしなかったりで5年ほどかかることがあるわけだけど、締切直前にすべてうまく行った感じだった。エリック・コストンとパートをシェアできたのもうれしかった。エリックは親友だし、いつも支えになってくれるし、いい影響を与えてくれる。だからオレにとって意味のあるパートだった。


 

V: これまでの功績を振り返ってみて一番の思い出は?

G: 一番の思い出はゲイブリエル、ルディ(・ジョンソン)、パウロと過ごした時間。みんなPowell Peraltaに所属できて夢が叶った頃の話。3人の親友と同じブランドに所属できるなんてなかなかないから。ステイシー・ペラルタはオレらを信じてくれて全員チームに迎えてくれたんだ。今で言うところのICやFAのような感じだよ。ナケル(・スミス)、KB、タイショーン(・ジョーンズ)やセージ(・エルセッサー)らがガキの頃にSupremeでハングアウトしていたのを覚えている。そして全員揃ってSupremeに加入するようになった。作られたチームじゃなくて本物の親友たちが同じチームに所属している。オレにとってはそれがPowell Peralta。夢見ていたブランドに幼馴染と一緒に加入した経験を越えるものなんて存在しない。夢が叶った瞬間であり、人生最良の思い出だよ。


 

V: まさに『Ban This!』のLA Boysのセグメントだね。あれにはかなり影響された。

G: あれはステイシー・ペラルタがオレらに特別な何かを見出してくれたことで実現したセグメント。ステイシーは人材を発掘する素晴らしい才能があったんだ。なかなかできることじゃない。しかも当時ガキだったオレらはみんな後にそれぞれ素晴らしいキャリアを積むことができたんだから。

歳を取っても素晴らしい形でスケーティングを披露することは可能

V: 2015年にNike SBに加入してからまだフルパートを拝めていないけど、何か水面下で進行中のプロジェクトは?

G: 今はもうインスタグラムに力を入れたいとは思わない。これまでのようにフィルマーと絆を築きたいと思っている。それが今のスケートシーンに欠けていると思うし、フィルマーの活動をサポートするべきだと思ってる。忘れてならないのは、フィルマーやフォトグラファーは誰よりも大変な仕事をしているのに金銭的な見返りが少ないという現状があるということ。今はみんなiPhoneで完結しているから難しいよね。そうやってフィルマーの仕事が減っていっているんだ。だからまたフィルマーと絆を築いてビデオパートを撮りたい。長い時間をかけてビデオプロジェクトに取り組む。歳を取ったスケーターでも素晴らしい形でスケーティングを披露することは可能だと思う。今はオリンピック競技になる時代だけど、スケートはひとつのアート。駆け出しでも、全盛期でも、年老いても、スケーターはさまざまなフェーズへと突入するアーティストのような存在。これが現在のオレのスケートとの向き合い方。インスタグラムは素晴らしいプラットフォームだと思うけど、すべてがそうあるべきじゃない。まだフルレングスビデオに取り組むべきだと思う。

V: では期待して待っていてもいいってこと?

G: そうだね。Nike SBでビデオパートを残したい。近いうちに見せることができればいいね。

 

ガイ・マリアーノ
@guymariano

1976年生まれ。ロサンゼルス出身。幼少期から先進的なテクニックで注目を集め、Blind『Video Days』('91年)で不動の地位を確立。現在はNike SBの一員としてスケートキャリアを更新中。

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