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大阪のストリートスケート第一世代、RISE FROM THE DEADのフロントマンNAOTO。新作『LAYBACK』をリリースしたばかりの氏のスケート&音楽活動の足跡を辿る。
──NAOTO

2024.04.02

[ JAPANESE / ENGLISH ]

Photos_CARDKILL

VHSMAG(以下V): まずNAOTOくんが大阪でスケートを始めた頃ってどんな感じだったんですか?

NAOTO(以下N): 元々はおじさんがサーファーでアメリカに行って帰ってきて。よくあるほら、グラスファイバーのペニーみたいなやつをお土産でもらったのよ。それが中学くらいかな。それで坂道で滑りながら2、3ヵ月乗ってたんかな。それが始まり。その坂道は大きいトレーラーが走るような場所で近くの運送会社に板が飛んでいって。それでベアリングが割れてしまってさ。当時はスケートショップなんかないから直すこともできず、一旦それで終わったんやけど。そこから'80年代終わりにスケートブームが到来して、16歳くらいの頃にアメ村で働き出したわけ。

V: それはViolent Grindですか?

N: いや、DEPT STORE。その前にA STORE ROBOTにもいてて、当時その店はDEPT STOREの中にあったのよ。DEPT STOREで働き出した頃はすでにSxOxBっていうバンドをやり始めてて、海外のバンドを見るとスケートやってたりするわけ。Suicidal Tendenciesとか。それで興味持って、アメ村やから近くにスポタカがあるやんか。それでDEPT STOREで給料もらってすぐに買いに行ってさ。やっぱりバンドやってて骸骨が好きやから、Powell PeraltaじゃなくてDogtownのストーンフィッシュを一番最初に買いたい。そっからかな、ハマり出したのは。

V: じゃあスケートよりSxOxBのほうが早かったんですね。

N: '80年代に入ってからはほぼ同時やけどSxOxBの方が先。

V: 当時は三角公園で滑ってたって聞いたことがあります。

N: そうそう。DEPT STOREがSUNHALLの地下にあったから休憩時間に近くの三角公園に行くんやけど、最初は誰もいてへんやんか。それに当時の三角公園は砂地でブランコがあるような場所。それが改修されて、あんなコンクリートの今みたいな形になったのよ。ちょうどその頃にスケートボードを買ったから滑り始めて。だから誰もおらへん。

V: じゃあ三角公園の第一世代ですね。

N: ほんまに一番最初。オレだけ。ひとりで休憩時間にやっててんねんけど「何やってんねん」って感じやんか。最初はスケートボードは街中でするようなもんじゃないって感じやったから。でもストリートスケートっていうのがあることを知って、三角公園でボンレスとかオーリーの練習をひとりでしてた。

V: 当時の大阪には他にどんなスケーターがいたんですか?

N: クリリン(酒井 勇)。クリリンはすでにおったけど三角公園でひとりで滑ってた頃はまだ出会ってないよ。仕事終わってスケートビデオを観にスポタカに遊びに行くと、クリリンとアゴロー(野田敏行)と店の前で出会って。そこから3人で滑り始めるわけよ。あの子らは学校が終わったらオレが働いてるDEPT STOREに遊びに来て夕方から三角公園で滑って。当時はインドとかポテトロールで有名なジャガイモとかが来るねん(笑)。最初はそのメンバーくらい。クリリンとアゴローはオレの仕事が終わる8時とかまで店にいて、そこから三角公園を離れていろんなスポットに行ったりして。そんなんを毎日やってたな。

V: スポタカの前でクリリンくんに初めて会ったときは衝撃的だったんですよね?

N: オレはThrasherの通販で買ったSuicidal Tendenciesの帽子を被ってたのよ。そしたら前からクリリンもSuicidal Tendeniesの帽子を被って来るねん。そんなん見たら「この小学生みたいなヤツ何? 誰なん?」ってなるやん。そしたらあいつ帽子を後ろに隠すねん。「え? 見せて」って言ったらSuicidal Tendenciesの文字をカッティングシートで貼り付けてるやん。あれは衝撃的やった(笑)。

V: すごい時代ですよね。NAOTOくんの音楽のキャリアの始まりはSxOxBからですか?

N: いや、その前からやってたよ。要はSxOxBが一発目に当たったっていうか、うまく軌道に乗れたっていう感じかな。今まで聴いたことないバンドの音を出したのかな。それで注目されるようになって。SxOxBで海外に行ったりとかもしたからさ。ヨーロッパツアーとかもしてるから影響力のあるバンドやったね。

V: 当時の大阪といえばハードコアとレゲエが強かったイメージがあるんですけど、'80年代や'90年代の大阪の音楽シーンってどんな感じだったんですか?

N: ハードコアとかパンクとかっていうのもたくさんあったけど、レゲエはどっちかっていうと夜やんか。クラブでやりはるからさ。オレらがバンドやってたときにクリリンがレゲエのDJをやってた感じ。クラブは毎週イベントをやってるやん。バンドは月に何回かだけやから。だから当時はバンドよりクラブに行ってるほうが多かった。しかもロック系じゃなくて違う方面の音楽。だから当時はバンドをやってたけど、バンドの人たちとはそんなに交わってない。作品を作ったりライブをやったりしてたけど、なんかそっちの人たちとは全然合わなくて、スケーターとかクラブの人とばっかり遊んでた。

V: じゃあ俗にいうクロスオーバーみたいなことがあったって感じですか?

N: クラブに行き出してからはそうなんかな。レゲエとかHip-Hopとか、ハウスとかテクノとかはクラブで聴いてたから。ジャンル関係なく音楽が好きだし、そんな感じで当時は個性的なバンドがたくさんあったのかもしれないね。当時は集まる場所がそんなにないやんか。だから集まる場所が限られてる。当時のバンドとクラブは今と違ってそんなに近いもんじゃなかったと思う。なんか距離感あったんじゃないかな。

V: NAOTOくんが参加した頃のSxOxBはどんな感じだったんですか?

N: オリジナルメンバーはボーカルのTOTTSUANだけ。オレもギターも後で入った。昔の曲もあったけど、それ以降は新しい曲をきちっとやり出して全然違うものになったから。最初にSxOxBという名前はあったって感じかな。だからオレらが当時やり出したのが、今のSxOxBのサウンドになってると思う。

 


 

V: SxOxBを脱退してRISE FROM THE DEADを始めたきっかけは何だったんですか?

N: NAPALM DEATHっていうイギリスのバンドがあって、一緒にヨーロッパツアーをやったのよ。イギリスからベルギー、オランダ、西ドイツとか…西ドイツの時代やから。その頃にツアーを1ヵ月間くらいみっちりやって、レコーディングもやって。それで日本に帰ってきて疲れてさ…。当時はみんな若いやん。一番若いのが19歳で、オレが20歳とかで。マネージャーも通訳も何にもなしで4人だけで乗り込んで行って。もう疲れるんよ、本当に。海外のツアーなんてさ、治安が悪いっていうか。一回ライブが終わると、車の中に積んでる機材を泊まってるとこに全部運ばないとダメなのよ。盗まれるからね。もう疲れて帰ってきて、若いから「辞めたい」ってなって。それで少し休憩してRISE FROM THE DEADをやり出した感じやね。

V: SxOxBとRISE FROM THE DEADはNAOTOくんの中で音楽的に違う感じだったんですか?

N: 違うものにしようと思って意識してやってたから。SxOxBは速いリズムの元祖で、それはやっぱりでけへんなって。そこで曲を長くするとか、ビートを遅くするとか、そういうのを考えたりしてて。単調なものじゃなくて1曲ずつ違うビートにして変えていこうっていうのをずっと今もやってるかな。

V: またスケートの話に戻りますけど、当時は大阪のViolent Grindで働いてましたよね?

N: DEPT STOREで働いて例のごとく三角公園でスケートしてたら、KING KONGっていう中古レコード屋のオーナーさんが僕のことを見て良く思ってくれてたみたいやったのよ。東京のEDISONっていうレコード屋がViolent Grindをやり始めたんだけど、レコード屋繋がりでKING KONGに話が来て。それで誘われてDEPT STOREを辞めて、Violent Grindに移ったって感じ。それが'89年くらいかな。

V: 当時のViolent Grindは恐ろしかったって噂はよく聞きます。何か買わないと出にくいみたいな(笑)。

N: そんな感じやったと思うよ(笑)。別にスケートビデオを流してるわけでもないし。そりゃ来にくいよ(笑)。でもすごいコアなことをやってたよね。スケート専門店って今でこそたくさんあるけど、当時はそんなになかったから。

V: Violent Grindで印象的な出来事とかありましたか?

N: 店の中に小型のランプがあってさ。2日くらいでクリリンとふたりで作ったのよ。コンパネとかドリルとか、いろいろノコギリとか全部買ってさ、店で作ったんよ。でも隣がオーナーの建築事務所で、下が保育所。滑り出したら「もうあかん! ストップ!」ってなって(笑)。まともに滑ったのは10分くらい。それ以上は滑られへんようになって。コーピングもつけてちゃんと作ったのに。それで余ったコンパネでジャンプランプを作って三角公園に持っていってみんなでデモみたいなことするわけよ。そんなんを毎日のようにやってたな。

V: あとBad Brainsと日本でツアーしたことがあるんですよね?

N: 権利上の問題か何かでSoul Brainsっていう名前でやってたけどね。まあ当然Bad Brainsのメンバーなんだけど。ツアーは4回やったのかな。全部一緒に回るんやけどゲネプロっていうやつをやるわけ。要はライブと同じセッティングで、全部セットリストがあるリハーサル。MCはここに入れるとかどうとか、照明がこうとか、音のバランスはどうかっていうのを前もってライブ用の練習をするの。オレらが大きいスタジオを借りて、そこでゲネプロをやって、終わって外に出たらBad Brainsもそこでゲネプロすることになってて。明日からツアーやから、Bad Brainsのクルーが来てバンバン機材を置いていく。そしてBad Brainsのメンバーが来るわけよ。やっと出会えたなって感じ。こいつらこそ世界で初めてハードコアって言われたバンドで「これはヤバいな」と思って。ダリルっていうベースのヤツがいてさ、そいつがいつも使ってるベースが緑色のジャズベースで、それちょっと見たいなと思ってて。それでダリルが来てさ、ベースのケースをガチャッって開けたら中に何も入ってない。「ワオ」ってなってんねんけど、絶対わかってやってるやん。わざと持ってきてへんねん。それで次の日に新しいFenderのベース買うてもうとったわ。悪いヤツやで。ケースにベースが入ってなかったら絶対にわかるから。ライブ当日はオレらが終わってBad Brainsの出番になってステージに上がったらベースのダリルがおらへんねん。それでみんなで探したらトイレでぶっ倒れてんのよ。「めっちゃヤバいわ」ってなって叩き起こして。こいつほんま相当悪いヤツやと思ったわ(笑)。

V: ヤバすぎますね(笑)。

N: それがツアー初日。やっぱり伝説の不良よね。その当時メンバーはみんな40歳超えてたし。そんな感じで初日が終わってホテルに泊まるわけ。次の日は移動やからオレらのクルーもBad Brainsと同じホテルに泊まることになって。オレは近所に住んでたから自宅に帰ったんやけど。それで夜が明けてホテルに行ったら、H.R.がチェックアウトの時間より早くにエスカレーターの前に立ってんねん。しかも金のアタッシュケースと紙でできた金の王冠を持って。それで降りてくる全然知らない客に「グッモーニン、グッモーニン」ってずーっと挨拶してるねん。「こいつヤバいわ。H.R.めっちゃヤバい」って思いながら見たら、白のシャカシャカのウィンドブレーカーのセットアップを着てるねんけど上下とも裏返し。なんか意味あるのかなと思ったけど、そこから新大阪に行って。新幹線なんか初めて見るやん、あいつ「あぁー」って目が点になってんねん。それでみんなで新幹線に乗るねんけど、H.R.はかなりの変人やから、席を3つくらい空けて近寄らんようにして。あの人だけ一番前の席に座っててさ、金のアタッシュケースの中に金のボールペンとカセットテープと瓶が入ってんのよ。その瓶は香水でさ、新幹線の中でブワーって撒きまくるねん。また「危ない。こいつヤバい」って思って。それで次の日に名古屋でライブするねんけど、そっから3日くらいハードコアはほぼしないでレゲエばっかりやっとったわ。大ひんしゅくやったで(笑)。

V: ぶっ飛んでますね(笑)。

N: ホテルでは毎朝のごとくH.R.がロビーで挨拶してるの知ってたから、オレもファンやから待ち伏せして「Tシャツにサインして」って頼んだら「Jah Love H.R.」って書いてくれてんけどめっちゃ小いさいねん(笑)。めっちゃ小さいサイン書かれて、シャレでお礼に持ってたポップコーンをあげるわってH.R.に渡してさ。ちなみにBad Brainsの来日はトリビュートアルバムを作るのが目的やったわけよ。オレら日本のバンドがいろいろ曲をやって、最後にBad Brainsの新曲が収録されてるんやけど、そのタイトルが“One Like Popcorn”。あれはオレがあげたポップコーンの曲やわ(笑)。

V: 激しいですね(笑)。では今回リリースしたRISE FROM THE DEADの7インチ『LAYBACK』について聞かせてください。タイトルがスケートのトリック名でケンジくん(粂田憲二)率いる“710boyz”という曲も収録されててスケート色が強いですよね。どういう経緯で今回の制作は進んだんですか?


 
RISE FROM THE DEAD『LAYBACK』の購入はこちら:
zeromagazine.base.shop/items/81807294

 

N: なんやろ、この歳になったらゆっくりしたいわけよ。だからレイバック。経緯を説明すると、一昨年の秋にライブがあってんけど、そのときにメンバーと喧嘩したままライブをやることになって。自分としてはもう55歳やったから引退を考えてて。最後のライブだから今までコラボしたGASBOYSにも出てもらって、まあこれでいったん区切りがついたと思って。それでGASBOYSの上杉に年明けてから挨拶したわけよ。そしたら「もう1曲やらないですか?」ってすぐ返事が来て。「マジで? ほなやろか」って言ったのが去年。GASBOYSもオレらも同じ時期にやってて、スケートも絡んでやってるし。そういう同じカルチャーだから、ちょっとストリート感あるような感じで出そうって。A面は “LAYBACK” と “710boyz” でスケート色が強いけど、B面の “SURPASS” ってトリップホップみたいな曲は違うやん。というのもあれはオレがピストバイクに乗ってるときの話。そしてGASBOYSは関東でランニングの活動してるからそのときの話。オレはピストで淀川を走って、ヤツらは荒川を走って。A面B面そんな感じ。スケートに関しては昔みたいに乗れないけど、自分にとっては切っても切れないものだから。そこでケンジくんとも出会うわけやからさ。

V: ジャケはJESSEくん(ESOW)ですよね。

N: そう。今回のレーベルのZERO MAGAZINEとも相談してさ、「JESSEがいいんじゃない?」って。それやったらもうめちゃくちゃいいやんっていう感じで。あの絵はすごく好きで、一番うれしかったのは親指。親指のかけ方がすごく良かったから。そこはスケーターが見る部分やんか。さすがJESSEやなって感じ。

RISE FROM THE DEAD “Come On Sky”(2002)

 

V: GASBOYSは20年くらい前に“Come On Sky”という曲に参加してますけど、一緒に曲を作るのはそれ以来ですか?

N: そう。やっぱりGASBOYSはプロ。オレらも「プロハードコア」って言ってるけど、GASBOYSもプロ。メジャーとかインディーズとか、マイナーとかじゃなくてプロ。それで飯食ってなくても、どのジャンルにもプロっておるやん。

「今何やってるの?」って聞かれたらあえて「プロハードコア」って言うようにしてる(笑)

V: 昔のインタビューで「ハードコア」という言い方はあまり好きじゃないって言ってましたよね?

N: あんまり好きじゃなかった。だからギャグみたいな感じで「プロハードコア」ってわざと言ってるねん。ハードコアって何かを極めることやんか。どんなものでも極めたらハードコア。ラーメン屋でも極めたらハードコアやと思ってるし(笑)。だからプロっていう言い方をしてる。ハードコアとかパンクとか何やとか本当に好きじゃなくて。だから「今何やってるの?」って聞かれたらあえて「プロハードコア」って言うようにしてる(笑)。アホみたいやろ。「オレはハードコアや!」って言うよりしっくり来る。

V: ではNAOTOくんにとって710boyzはどんな存在ですか?

N: プロの不良のスケーターって感じかな。プールスケートがスケートボードの始まりだとしたら、あれこそがスケートのルーツやと思う。それこそプールではないけどさ、忍び込んで10分しか滑れない日もある。それを毎朝やりに行ってさ。スケーター以外の人が散らかしたゴミを毎日掃除してさ。自分らの楽しむ場所をずっと確保してるやんか。それはすごいことやと思ってる。誰もそんなことやってないよ。リスペクトとかじゃなくて、本当に尊敬してる。神聖な場所やと思ってる。なくならないように、ほんまにずっとあってほしい場所やね。だからこそ710boyzを曲にした。あの曲はブラジルでの会話を歌詞にしてるから。「神の木」とかもそこのシチュエーションのことを歌ってるのよ。「自分超え!」もそう。


 

V: では最後に今後の予定をお願いします。

N: 4月7日にGASBOYSと発売記念ライブを大阪・心斎橋のCONPASSでやるんで来てください。その後も、音楽活動はもうやめようと思ったけどもう少し続けようかなと。すでにレコーディングも終わってます。GASBOYSの曲も、その後も出るものはいいと思うんで、そんな感じで楽しみにしててください。


チケットはこちら:
t.livepocket.jp/e/dkawv

 

NAOTO
@naopon7010

大阪府出身。'80年代にSxOxBのメンバーとしてハードコアシーンで不動の地位を築きRISE FROM THE DEADを結成。大阪のストリートスケート第一世代としても知られ、現在は710boyzの一員としても活動中。

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