プッシュ

 いままさに新しくスケートボードを始めようとする人がスケートショップに訪れると、大まかにふたつのタイプに分かれるようです。片方はストリートやパークであれこれトリックに挑戦したいという人。もう片方はとりあえずスケボーに乗るという感覚を楽しみたいという人。前者は8インチ前後の板にハードのウィールのセッティング。後者は思い思いの板にソフトウィールが付いたクルーザーというヤツですな。「スケボー=トリックをやるための物」という認識が一般的だったひと昔と比べると、スケートに乗るという感覚を楽しむという選択肢を選ぶ人も増えてきたというのは、それだけ社会に認知されたということ。いわゆるガチ勢にとってもスケートができる環境が良くなる追い風になると僕は思います。普段はメインデッキで滑り倒す人も、一家に1台はクルーザーがあるはず。ここまで普及したのもこの10年余りではないでしょうか。
 かく言う自分も日頃からスケボーは手放せません。通勤時、家から歩いて10分とかからない駅に行くのも、すぐそこのコンビニに行くのもすべてプッシュ。まぁそれは歩くのがもはや面倒になりスケボーに頼っているだけなのですが、トリックをしないにしても立派な移動手段として機能しているのに違いはありません。ちょいと遊びすぎて終電を逃しても板さえあればなんとか帰れますし。あの3.11の時も電車が動かず、当時住んでいた八王子から渋谷までプッシュしたこともありました。クルーザーでもさすがにしんどい距離ですが、その昔に八王子から都心のスポットに毎週プッシュで来てはストリートをヒットしながら帰るというタフなスケーターもいたそうです…!!
 これまた面白いのが、スケーターにとって避けては通れないはずのこのプッシュひとつをとってみても、個体差があるというかスタイルに違いがあるということ。極端に言えば、特徴あるプッシュの持ち主なんかはその動きのシルエットだけで誰だかわかってしまうのです。また人のプッシュを見て「あの人は上手そうだ!」とか、さらにはトリックこそあまり繰り出さずともこの人はずっと楽しんでスケートしてきたんだろうな、というようものがなんとなく見えてくるんですね。その逆で「スケートは上手いのにプッシュがイケてない、残念!」て場合もあるワケで「たかがプッシュ、されどプッシュ」。侮られるもんじゃないですね。インタビューなどでどんなスケーターが好きかという問いに「プッシュがかっこいいスケーター」という回答をたまに見かけることがありますが、それは確かに納得してしまいます。究極のところ、プッシュひとつで魅せることができるのはかっこいい。それは例えばグラント・ブリテンの撮影したトッド・スワンクのプッシュだったり、噴水の中をプッシュで行くラインを披露したレイリー・村岡だったりするのでしょう。
 この冬の寒さが始まる少し前のお話。鳶職人の履くような太い作業着のズボンにピンクのスカジャン、そしてドレッドヘアというまるでスケーターらしからぬ出で立ちで、とあるイベントにやってきた若い青年がひとり。聞くと「プッシュで日本一周の旅」の途中だという。荷物は小さなバックパックのみで、お金が減ってくると日雇いの仕事をして食いつないでいる様子。彼は今どこをプッシュしているのだろうか? ゲットしたばかりだというペニーで…。

―Kazuaki Tamaki(きな粉棒選手)

 

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