Nike SB dojo | スケートパーク

実践で身につけたグローバル感覚を活かすも殺すも自分次第。
精神崩壊寸前まで自分を追い込み完成させたFEATUREパート。
──KENTO TAKAHASHI

2019.10.16

Video_Resunce / Photo_Junpei Ishikawa

[JAPANESE / ENGLISH]

VHSMAG(以下V): まずはどんな子供だったの? 兄弟は?

高橋賢人(以下K): 兄貴がふたりいます。僕は一番下の三男。兄貴たちとは年齢が7、8歳くらい離れてるから特に兄弟ケンカすることもなかったです。悪いことも含めいろんなことを教えてもらった感じです。

V: スケートとの出会いは?

K: 兄貴がふたりともサーフィンやってたんです。だからスケートを始める前の小2くらいからサーフィンに連れて行かれてました。ただ地元が千葉駅のほうだったんで海まで車で1時間以上かかるんですよ。それで面倒くさくなって…。一番上の兄貴がスケートボードを持ってたんでそれに乗り始めたらハマって、気がついたらスケートばかりやってました。

V: じゃあかなり早くからスケートを始めたんだね。

K: でもちゃんとトリックをやり始めたのは中学に入ってから。当時テレビでDCのCMが流れてたんです。たしかジョシュ・ケイリス、ロブ・デューデック、スティービー・ウィリアムスの3人が出てたんですけど、ケイリスの360フリップを見て衝撃を受けました。「オレらは何でもできるんだ」みたいなことを言ってて。それがあまりにも印象的でスケートにドハマリした感じです。

オシャレなタイプのスケーターに対する憧れが生まれた

V: 初めて観たスケートビデオは?

K: TWSの『i.e.』。近所のスーパーの裏にある公園に20代後半くらいのスケーターが何人かいて、手作りのボックスとかを置いて滑ってたんですよ。最初はその人たちとつるむようになりました。スケートの世界について何も知らなかった頃の話です。その人たちに見せてもらったビデオの中で印象的だったのが『i.e.』。あとはElementのオーストラリアツアーが入っていた411VMですね。コルト・キャノンとかトッシュ・タウンエンドとかが出てたやつ。それから初めて買ったのが411VMの『Around the World II』。ガッツリしたスケートビデオだと思って母親にねだって買ってもらったんですけど、楽しみにして家に帰って観たらスケートのシーンが20〜30%しかなくて…。旅のビデオだからしゃべりが70%みたいな(笑)。でも貴重なスケートのシーンがあるわけじゃないですか。ステファン・ジャノスキ、ケニー・リードとかジェイク・ラップとかが出てたのかな。メンツが玄人すぎてよくわからなかったんですけど、彼らのトリックを繰り返し観てましたね。そのときから茶色のパンツを穿いてるっていうか…Stereoぽいっていうか…テクでもなくヘッシュでもない、ちょっとオシャレなタイプのスケーターに対する憧れが生まれたんだと思います。

V: なるほど。それは今の好みやスタイルに繋がってる感じだね。初めてのスポンサーは?

K: ハワイに住んでたときについたIN4MATIONです。

V: ちなみにいつからハワイに住み始めたの?

K: 高校卒業してすぐですね。高校が私立でハワイに大学の校舎があったんでそっちに進学しました。語学留学だったんですけど、海外に住みたかったのとスケートをしたいってことしか考えてませんでした。短大だったんで、ハワイにはその2年と卒業後の1年の合計3年住んでました。

V: じゃあ英語はその3年間で身につけたの?

K: そうですね。本格的に勉強したのはハワイからです。それまでは家族で海外旅行に行くときに適当に自分だけでいろいろやらされたりとか。基本的に親も兄貴も何も助けてくれないんですよ。自分でどうにかしろっていうスタイル。というのも母親が4ヵ国語話せるんですよ。母親は日本で生まれ育ったんですけど、血は韓国人。だから日本語、韓国語、そして英語とフランス語を勉強して覚えました。それで日本語、韓国語と英語を使ってフリーランスの仕事をやっています。そういう自分の語学の勉強の経験があるから、旅行のときに敢えて自分でどうにかするように言われたんだと思います。甘やかされると何にもできなくなってしまうんで。

V: 韓国語は話せないの?

K: 自分は喋れないです。日本語と英語だけ。ハワイでも最初は単語を繋いでジェスチャーを入れながらどうにかコミュニケーションをとってた感じ。そして大学の授業の後にチャイナタウンにあるアーラパークで狂ったように滑ってたらショータ・クボとかTreevisionとかAPBのクルーが良くしてくれるようになって。いつの間にか友達が増えてて、いろいろ遊びに連れて行ってくれたりして。英語が話せないからわけがわからない場面がほとんどなんですけど、とりあえず付いて行く。スケートセッションは言葉がいらないし。一緒に遊びながらスケートをするっていう繰り返しでした。日本語をまったくしゃべれない環境だったんで結果的に良かったです。

V: 言語を覚えるにはそうやって追い込まれるのが一番早いよね。

K: 大学は生徒の80%が日本人だったんです。そして構内の建物の一部の階に寮があって日本人たちがルームシェアしてるから、ひとつの建物ですべてが完結するような感じでした。だからスケートのおかげっていうのはあります。スケートをしてなかったら周りの日本人と一緒に固まってアラモアナビーチに行ったりワイキキで買い物したり…日本に住んでるのと変わらない生活を送ってたかもしれないです。

V: そうやって現地のスケートコミュニティに受け入れられてIN4MATIONのスポンサーがついたわけだけど、そのきっかけは何だったの?

K: いつもアーラパークで滑ってるスケーターの中にIN4MATIONの人がいたんですよ。その人からスポンサーがあるかどうか聞かれて「ない」って答えたらIN4MATIONに誘われて。そしてお店に行くとオーナーやスタッフが並んでて「好きなもん持っていけ」みたいな感じで。そこから自分でも何が起きてるかよくわからないまますべてが始まりました。家に帰ってからようやく「これがスポンサーか!」と実感しましたね。

V: ハワイで学んだことは?

K: 自分の身は自分で守ること。日本だと何かあれば警察を呼べばなんとかなるじゃないですか。でも向こうだと警察を呼んでも来てくれない可能性もあるし、自分がどこにいるかもちゃんと英語で説明できないかもしれない。誰も助けてくれないのがアメリカの現状でもあるんで。何かあれば自分でどうにかしなければならないというサバイバル能力を学びました。アーラパークがあるチャイナタウンは一般的に危ないとされてるんですよ。ドラッグ中毒の人がその辺にぶっ倒れてたり注射針が落ちてたり。そんな場所だと日本人は絡まれる対象なんですよ。3年間そういう場所に通ったことで意識が変わったというのはあります。

V: 日本に帰国してからは?

K: 池之上慶太くんとか赤熊寛敬くんとかと知り合ってたんで、SITAMACHI FILMの人たちと滑る機会が多かったです。その流れで慶太くんや熊くんの後押しもあってinstantのお世話になることになりました。

V: なるほど。ではLesqueに加入した経緯はどんな感じだったの?

K: 塩浜のパークでInstant主催のShiohama Jamっていう大会があったんですけど、そのときにゲストとして山崎祥太、山城正隆、イトシンくんといったLesqueの人たちが来てたんですよ。そしてその大会で僕が優勝したんですけど、そのときに泥酔したイトシンくんたちが「Lesque入れよ!」みたいな感じで言ってくれて。しかも僕がこっそりハワイで作ってたスポンサーミー・ビデオも出会う前に観てくれてたらしいんですよ。ただみんなかなり酔っ払ってたんで本気にはしてなくて。当時はRogerのデッキをもらってたんで一度お断りしたんですけど、その翌週くらいにLakaiのピクニックテーブルコンテストがあったんです。その予選が千葉のららぽーとで開催されたときにとりあえず出場したら2位か3位になって。そのときのジャッジのひとりがイトシンくん。そしたら「前の話なんだけど…」って真剣に話をされて。そこで初めて社交辞令じゃなくて真剣だったことを知って、Lesqueに入ることになったって感じです。

V: VHSMAGのPick Upのパートが2012年。当時はすでにLesqueの一員?

K: そうですね。Pick Upパートの後は特に目的もないままツアーに行きまくって撮影してました。それでフルレングスを作る話が出てきた感じです。当時のメンバーを考えると11人くらいいたのかな。かなり多くて地方にもライダーがいて。いろんなスタイルのライダーがいましたね。


 

V: そうして『QUE』が2015年4月20日にリリースされたんだよね。今回のパートは4年振りとなるわけど、『QUE』と比べて違いは?

K: 『QUE』はただ仲間と楽しみながらがむしゃらに撮影してました。パートの構成も考えてなくて、とりあえず自分がやりたいトリックのことだけ考えてました。ツアーが多かったんで自分でスポットを探す必要もなくて、誰かが用意してくれたスポットで何ができるか考えてた感じです。


 

V: 4年経てば環境も変わるよね。

K: そうですね。今回は当時と違って自分で生活しなければならないし、お金も貯めなければならない。年齢も年齢なんで結婚のことも考えなければならない。仕事もフリーランスになった時期でもあったんで、前よりも忙しくなっていたというのもありました。そういう生活環境の違いもありましたけど、今回はスポットやトリックセレクションについてしっかり考えるようにしました。あとは周りがやらないようなトリックを出せるようにがんばりましたね。一緒に動いてくれたLesqueのフィルマーのマー(小山正敏)とスポットの写真を送り合いながらアイデアを出して撮影した感じです。

V: RVCAのワールドツアーっていう大きなイベントで今回のパートの試写会をしたよね。アンドリュー・レイノルズやカレン・ケープルスとかかなりの大御所も来場してた。あれはどうだった?

K: めちゃめちゃ緊張しました(笑)。カレンやチームマネージャーとかは顔見知りだったんですけど、今回は“ザ・ボス”と準ボスのスパンキーもいたんで。子供の頃からずっと観てたトップの人たち。しかも僕のパートの試写会があることを誰も知らなかったんで、会場で「オマエのパートあるのか?」って言われて…(笑)。隣にレイノルズとかみんないるわけじゃないですか。地獄のように緊張しました。ツアーに同行してたんで次の日もホテルで合流するんですけど「あのパートのあそこは良かった。あのトリックはオレも好きなんだよ」とか言ってくれたりして。お世辞だったとしてもかなりうれしかったですね。スパンキーとも仲良くなれたし、レイノルズもいいお父さんって感じ。撮影のときはもちろんスケートの話ばかりですけど、その他にも家族とか普通の話ができるようになって。そんなときに英語を勉強しておいて良かったって思いました。

V: そういうのいいよね。人と人との付き合いができるっていうか。

K: お酒の席でそういう話ができたのは良かったんですけど、レイノルズもスパンキーもタバコや酒を一切やらないんですよ。スケートを始めた頃は酒を飲んだりタバコを吸う大人の世界に憧れたこともあったし、「海外のスケーターはみんなガンガン行くでしょ」みたいなステレオタイプな考えがあったんですけど、ふたりを見ながらいろいろ考えさせられました。それを機にタバコも酒も1ヵ月以上断ってます。食生活も気にするようになったし考え方が変わりましたね。

V: なるほどね。そういえば撮影中にケガしてたよね。

K: そうなんですよ。左の内くるぶしを2、3年前に疲労骨折してたんですけど、今年のGW前に舞浜でひとりで滑ってるときにまた疲労骨折しちゃって。まったく立てなくてパークからも出られず…ひとりで遭難してました。顔真っ赤にしながらタクシーを捕まえて…。散々でした。それから3、4ヵ月スケートもできないし。でもパートを撮らなきゃっていう焦りもあるし。

メイクした瞬間は頭が真っ白になって何も覚えてない

V: 大変だったね。では思い入れのあるトリックは?

K: やっぱりラストトリックですかね。本当はこのエンダー自体、存在するはずじゃなかったんですけど。

V: そうだよね。試写会の段階ではなかったフッテージだもんね。結構大変だったって聞いたけど。

K: 1ヵ月ほど同じスポットに通い続けました。合計7回(笑)。初めてトライした日はバンクの面に着地すると同時に何かに詰まったのか、思い切り下まで落ちて地面に叩きつけられました。頭と右半身を強打。それからは海にデッキが落ちたり、気分転換でトラックを変えたら調子悪かったり、風が強かったり、キックアウトがあったり。運が悪かったり自分の集中力が続かなかったり。そんなこんなで1ヵ月間、全然楽しくなかったですね。テールを叩くのもマジで怖いんですよ。叩けても路面が悪いから思うようにデッキが上がってこない。さらに初日に頭を打ったのがトラウマになってて、いいイメージを持とうとしてもフラッシュバックして。左の足首もまだサポーターしてる状態なんで徐々に痛くなってくるし。完全にメンタルがヤラれてました。30歳にもなってアホっすよ。最後の7回目の日もメイクまで3時間かかりましたから。メイクした瞬間は頭が真っ白になって何も覚えてないです。本当に自分との闘いでした(笑)。

V: バトルに勝ったね。では最後に今後の活動予定は?

K: RVCA、New Balance Numeric、Lesque、instantが今のスポンサーなんですけど、11月くらいにLAに行こうと思ってます。なのでRVCAやNew Balance Numericのメンツで動きながら新しいプロジェクトに参加できれば幸いです。仕事とスケートを両立させてつねに忙しい毎日を送っていければって感じですね。

 

Kento Takahashi
@kentojahjah

Date of birth :
March 10, 1989

Blood type :
O

Birthplace :
Chiba

Sponsors :
RVCA, New Balance Numeric, Lesque, instant

  • HUF
  • Almost Skateboards