VANS - SKATE HALF CAB BY ELIJAH BERLE COLLECTION

大村スケートパーク企画 第2弾
──JOBLESSを直撃

2022.06.30

今年11月に長崎県大村市のボートレース大村にオープンする「大村スケートパーク」シリーズ企画の第2弾。今回は長崎のシーンを支えるスケートショップJOBLESSのニッキー、そしてローカルスケーターの山田大智と永田貴哉の3名で対談を敢行。スケーターの目線でパーク建設実現までの経緯を語ってもらいました。

—MK

 

VHSMAG(以下V): まずそれぞれ自己紹介をお願いします。

ニッキー(以下N): Joblessの店長です。長崎出身なんですけど6歳で千葉の市川に引っ越しました。それで6年前に長崎に戻ってきてお店を始めました。

永田貴哉(以下TN): 僕は地元が県北寄りだったんですけど就職先が大村でした。それで結婚のタイミングもあって大村の方に来ました。スケートは大村で15年くらいやってます。

山田大智(以下TY): 僕は千葉の市川出身です。長崎に越してきたのは9年前。もともとスケートはしてなかったんですけどスケートカルチャーが好きで。それでスケートを始めたらここのスケートコミュニティに出会った感じです。

N: ふたりはBackyardという大村のスケートクルーとして映像を作ってます。大智くんはウェアやポップのデザイン、貴哉くんは映像の編集をしています。Backyardは現在長崎で一番精力的に活動してるクルーです。

V: Joblessはどういう経緯でオープンしたんですか?

N: 東京でスケートショップスタッフとして働いてて、6年前に長崎に戻ってきてから最初は就活をしてたんですよ。でもずっとスケート漬けの生活を送ってたんで物足りなくなっちゃったんです。自分のなかで「このままだとヤバい」って。長崎のシーンを良くしていきたいという思いもありましたし、いろんな人にスケートボードやライダーのことを知ってもらいたかったし、自分ももっとスケートに関わりたいと思ったのがきっかけです。2016年6月に帰省したんですけど、その2ヵ月後には店をやろうと思って妻に話しました。当時は親の介護もしてたんで反対されましたけど、やっぱり人生一度きりなんでもう1回話したら理解してくれて死ぬ気でやれって言われました(笑)。それで店を始めたら、「隠れスケーター」がいることに気づいたんです。あとはスケートスクールを始めたのも大きかったです。やりたいけど、どうしたら…みたいな方も多かったです。そうやって店ができていきました。

V: 長崎のスケーター人口はどんな感じですか?

TY: 僕が越してきた頃は長崎全体でもだいぶ少なかった印象があります。大村はBackyardに3、4人在籍しているのに加えてひとりかふたりいるぐらいでした。

TN: ですね。そこからちょっとずつ増えていったけど、Joblessができるまでは全然少なかったです。

TY: Joblessができてからは特に若いスケーターが増えました。

V: 長崎にも地域性みたいなものはありますか?

TY: 長崎に来て思ったのは、みんな比較的地元から出ない印象がありますね。

TN: 地元愛が強いのかもしれないですね。そこだけで完結しちゃうというか。

TY 長崎は山ばかりなんですけど、大村は平地なんですよ。なんでストリートは大村がやりやすいかもしれないです。

N: 長崎市は坂多めなのでGX1000みたいなダウンヒルもいいかもしれないです(笑)。ショップライダーのショウタロウは坂をよく攻めてます(笑)。

V: 長崎のスケートパーク事情はどんな感じですか? 小江と佐世保にあるのは知ってますけど。

N: 店から15分ぐらいの場所に諫早スケートパークがあります。ビギナーからしたらパークは敬遠される方もいるみたいですけど、低いマニュアル台などパーク自体は安全なんで行ったら楽しいと思います。でも最近は「コンクリートの劣化が進んでる」とよく聞きます。セクションも「ビギナーにとっては怖い」との声も。パークに関してはセクションばかりに目を向けるのではなく、スケーターにとって大事な「路面」などの部分にも重点を置いてパークの製作を考えなければいけないなと思いました。予算の都合もあるでしょうけど(笑)。そんな思いから、今回の大村のパーク建設の話をいただいたときにいいパークができるようにみんなで最初から最後まで参加しようと思ったんです。

V: そのときの打ち合わせはどんな感じでした?

N スケーターなら滑ってて気持ちいいコンクリートのパークを作ってほしい思いがみんなあると思うんです…。その打ち合わせには今回のプロジェクトを取り仕切ってるB2ENGINEの社長さんも東京からZOOMで参加されてて、そのときにUZUPAを作った方だって知ったんです。しかもUZUPAの施工はMBMが担当したって話してくれて。みんなで「今回はMBMでお願いします!」ってゴリ押ししました(笑)。それで数ヵ月後にMBMに決定したって聞いて。本当うれしかったです。

V: 今回は作ってる現場にもみなさんに行ってもらって、MBMのビルダーさんたちと話し合いながら意見してもらうのがいいですね。ちなみにボートレース大村のイメージってどんな感じでしたか?

TN: 競艇場です。お笑い芸人とかを呼んだりしてました。

TY: 僕が来たときは今よりも古い施設でした。イベントスペースをみんなで協力して使わせてもらってたみたいです。しばらくしてきれいになって2016年にエクストリーム広場っていう滑れるスペースができたんです。そこ以外はまともに滑れる場所が皆無でしたね。

TN: どこもなかったですね。適当に駐車場とか広場を見つけてフラットをやってました。自分でボックスを持ち運んだりして。

V: 今回、そんな大村にスケートパークができることになったわけですよね。地元のスケーターとしてどういう場所になってほしいですか?

TN: まず地元が盛り上がるのは大事なんですけど、他県の人からも注目されて一緒にセッションできる機会が増えればいいと思います。

TY: パークってなるとやっぱりスポーツのイメージが強くなっちゃうと思うんですけど、自分のなかでスケートボードはそれだけじゃないと思うんです。だから大村のパークがきっかけでスケートと出会って、そこからいろんな世界に触れてほしいと思います。スケートを通じていろんなサブカルチャーに繋がってほしいというか。そんな若い世代が増えればいいと思います。

N: スケートやってみたいけど、どこですればいいかわからない、パークも初心者じゃ行きにくいと思ってる人たちにも大村パークがきっかけでスケートボードを始めてほしいです。初心者も滑れるパークにすることによってスケートを始める人が増えて、世代や性別関係なく楽しんでくれたら。いろんな人と交流ができてイベントもできる。そんないろんなものが生まれる場所にしたい。大村のスケートパークにはそういう可能性が詰まってると思います。

写真左から、ニッキー、山田大智、永田貴哉
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