Nike SB dojo | スケートパーク

 OrganikaとConverse Consのプロライダーであるイー…
──TOKYO DECADENCE(裏面)

2014.12.08

 OrganikaとConverse Consのプロライダーであるイーライ・リードのFeatureパートはご覧になっていただけたでしょうか? 薮から棒になんでイーライ・リード? と思った方も多いかもしれません。誰よりもビックリしたのは、実は我々VHSMAGスタッフだったのですが…。
 事の始まりは、2013年の秋頃にイーライが友人を訪ねて日本旅行にきたとき。そちらの友人の方からVHSMAGのFBへコンタクトが届き、なんでもNYからイーライ・リードが来日しているので、せっかくなのでスケートボードに連れていってあげて欲しい、と。
 VHSMAGスタッフ陣も時間的に余裕があったタイミングだったので、イーライと合流しいくつかストリートスポットへ。Zoo York時代に一度来日したことがあったようですが、そのときはデモや取材やらの過密スケジュールでストリートはほとんど回れなかったようで、僕らと都内のスポットを回れてご満悦そうでした。すぐに共通の話題で意気投合し「近々日本にカムバックして撮影したい」と言い残して帰国の途についたのでした。
 その年の年末近く、思わぬ話が舞い込んできたのです。スケートイベントとしては国内最大規模となるG-SHOCK Presents REAL TOUGHNESSのスケート部門のプロデュースをVHSMAGが一任されていたのですが、予定していた招聘ライダーのひとりがケガのため参戦不可との連絡が…。急遽イーライに代打の打診をしたところふたつ返事でOKをもらい、翌月にはブルックリンから来日し、東京での撮影がスタートしたというわけです。2013年の12月のおよそ3週間、天候や体力的な理由もあるので毎日とはいきませんが、連日ほぼタイマンで撮影を決行し、イーライのスーパースキルが功を奏してそれなりの数のフッテージを収めることに成功しました。とはいえ、フルパートにまとめるには満足のいく内容ではなかったので、次の来日の約束を交わして長い冬へと突入したのです。

 2014年の4月に入ると、ようやく外で撮影するのに躊躇しないぐらいの気温になり、スケート&撮影モード全開。すぐさまイーライにコンタクトをとるも、さすがはUSのプロとあり、デモやら海外遠征やら撮影やらでスケジュールはパンパン。VHSMAG的にもバタバタし始めていて、そうこうしているうちに季節は夏へと移行。ようやくお互いのスケジュールが合わせられたときは、真夏だったというわけです。
 言うまでもなく東京の夏はクソがつくほど暑いのですが、暑さに拍車をかけて湿気が酷いので、さすがのイーライもこれにはやられておりました。「こんな暑さでビデオ撮りしたことはない…」とのことで、かなりストレスフルになっていた感は否めません。撮影中のアメリカ人特有の「F%%%%%#$$$K !!!! 」という雄叫びをカウントするのはミッション・インポッシブル。それでもなにがあってもフッテージは収めるぞ、という気迫に漲っていて、落ちたり上がったり叫んだり黙り込んだりしながらも、着実にメイクを重ねていく様に真のプロの姿を見たような気がします。撮影日数にすると1ヵ月にも満たない、しかも滑り慣れていない異国の地において短期間でパートを完成させたイーライのスキルとパッションに、改めて敬意を表したいです。
 お気づきの方も多いかもしれませんが、今回の東京パートのロケ地の多くが新宿界隈。これは自分が新宿からプッシュ5分圏内に住んでいるのと、イーライのステイ先だった友人宅が我が家の裏手という偶然が重なり、単純に近かったという理由からです。スキットで挿入されているイーライの飯カットは、撮影後に足しげく通った思い出横丁です。#ガッデム横丁。

--KE

 

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