30年以上にわたりテクニカルスケートの進化を牽引してきたデーウォン・ソン。'90年代初頭からストリートスケートの可能性を押し広げ、51歳になった今もなお自身の限界を更新し続けている。そのスケートに対するパッションとクリエイティビティは健在。adidas SkateboardingよりリリースされたGlenburnのシグネチャーカラーウェイをはじめ、50代になった今考える「進化」の意味、そして家族との生活について話を聞いた。
──DAEWON SONG / デーウォン・ソン
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Special thanks_adidas Skateboarding
VHSMAG(以下VM): 今日は忙しいなか時間を取ってくれてありがとう。調子はどう?
Daewon Song(以下DS): 元気だよ。ずっと子どもたちのことで走り回ってるけどね。寝る時間になると上の階で3人が走り回ってて、かなりカオス(笑)。
VM: adidas SkateboardingからGlenburnのシグネチャーカラーがリリースされたばかりだけど、そもそもGlenburnのどんなところが気に入ったの?
DS: オレのスケートスタイルにGlenburnの形が合ってるんだ。全体的に細身で、つま先に向かってシャープになっている。それがボードフィールにはすごく重要なんだよ。シェルトゥが好きなスケーターも多いけど、オレの足にはGlenburnみたいなサメっぽい細いトゥの方が感覚的にもフリップの抜けもすごくいい。オレにとってボードフィールは本当に大事。シューズを履いた瞬間からコンケーブを感じたいし、地面に小さな石が落ちてたら、それを踏んだ感触まで足に伝わってほしいくらい。硬すぎるシューズは苦手なんだけど、Glenburnは最初から耐久性もあるし、ちょうどいい。ボードに乗った瞬間、そのシューズが自分に合うかどうかはすぐにわかる。
VM: 今回のカラーウェイは、どこからインスピレーションを得たの?
DS: これまでは、ほとんど黒に白いストライプか、真っ白なシューズばかり履いてきた。でも今回はいつもと違うことをやってみたくて、子どもたちに「何色がいい?」って聞いたんだ。そしたらチョコレートのブラウンと黄色、それも卵の黄身みたいな黄色を選んでくれた。サンプルのデザイン画にも実際に子どもたちが色を塗ってくれて(笑)。さらに特別なものにしたくて、タンに名前をハングルで入れてもらった。これはadidasで初めて出した自分のカラーウェイともつながっているんだ。結果的に子どもたちと自分の韓国のルーツ、その両方が入った本当に家族みんなで作ったようなシューズになったね。
VM: これまでにも数多くのシグネチャーシューズを出してきたけど、今のタイミングでadidasからカラーウェイを出せることはやっぱり特別?
DS: もちろん特別だね。これまでに別のブランドでシグネチャーシューズを出せたことも最高の経験だったけど、adidasでカラーウェイをデザインする機会をもらえることも同じくらい特別。チームには長年adidasに所属するヤバいスケーターがたくさんいるから。そんななかで、自分が本当に好きで履いているシューズに、自分らしさを加えられるチャンスをもらえるのは本当にありがたいことだよ。
VM: マーク・スチュウとの"Parallels”もいい作品だった。若い頃に滑っていたスポットをマークと一緒に巡ってみてどうだった?
DS: 最高だったよ。マークがものすごいスケーターになっていく様子を見てきたし、オレの中ではまさにイーストコーストを象徴するようなスケーターなんだ。そんなマークをサウスベイに連れてきて、ガキの頃から滑っていたスポットを一緒に回るのはすごく懐かしかった。昔よく滑っていたスクールヤードにも連れて行った。そこはロドニー・マレンが初めて車の中からオレのスケートを見て、その後初めてデッキをくれた場所でもある。マークは家にも遊びに来て家族にも会ったし、一緒にいろんな歴史的なスポットを滑ったよ。
VM: 当時のスポットで、特に思い出が強い場所は?
DS: ベリルだね。レドンドビーチにある学校のバンク。昔はSFやサンディエゴ、それこそ全米からスケーターがあのタイトなバンクを滑りに来てた。エルトロやハリウッド16と並ぶくらい、自分の力を試す場所だったと思う。オレはほとんどあそこで育ったようなもので、まだスポンサーも付いていない頃からずっと通って、遠くから来るプロを一目見たくて待っていたりしていた。その後『Love Child』やいろんなビデオであそこでトリックを撮れたことは、自分の成長を振り返る上でも大きな節目になっているね。
VM: ベリルでやったトリックで、一番気に入っているものは?
DS: ふたつのバンクが交わる角を飛び越えたインワードヒールかな。オレたちはあのギャップを「ヴォルテックス」って呼んでいたんだ。Spitfireの広告にもなったし、映像は『Get Familiar』に入っている。20年以上滑ってきたスポットをそれまでとはまったく違うやり方で攻略できたことで、「まだ自分は進化できてる」って感じられたんだ。
VM: 『Parallels』は過去と現在をつなぐことがひとつのテーマだったように感じたけど、デーウォンとマークのスケートにはテクニカルな部分で共通点があると思う?
DS: マークの集中力とか、向上心とか、新しいものを吸収するスピードは本当に信じられないレベルだよ。ヤツの貪欲さを見ていると、16歳くらいから30代半ばまでの自分を思い出す。あの頃は毎日とにかく外に出て、映像を残して、上手くなることだけが生活の中心だった。マークみたいなスケーターを見ると、年齢とともに責任が増えても、自分の中の火を消さずにいたいと思わせてくれる。でも同時に、スケートは誰が一番上手いかを決めるものじゃないと思っている。自分を表現することだったり、自由にクリエイティブでいることが大事なんだ。'90年代は「このトリックはダサい」とか「この服装はイケてない」とか、すごく排他的な部分もあった。でも今のスケートはもっと広いカルチャーになった。結局、自分らしくやればいいんだよ。
VM: '90年代の話でいうと、『Love Child』のエンダーはギャップでのハードフリップだったよね。あれが映像に記録された初のハードフリップとも言われているけど、あのトリックについて教えてもらえる?
DS: 面白い話なんだけど、ロドニー・マレンが「あるフリースタイラーがインサイドバリアルキックフリップっていうトリックをやってるらしい」って噂を聞いてきたんだ。でもロドニーもオレもその映像を実際に見たことはなかった。それで自分でやってみたんだ。最初はスケッチーなメイクだったけど、だんだんやり方がわかってきて『Love Child』ではギャップでやってみた感じ。あれが初めて記録されたハードフリップだって言う人もいるけど、オレ自身は「自分が最初だ」って主張したいと思ったことはない。世界中には本当に才能のあるスケーターがたくさんいるからね。たぶんどこかで誰かが、オレたちより先にカメラなしでやっていたと思うよ(笑)。
VM: 1991年にプロになって、51歳の今も毎日滑っているよね。若い世代と滑りながらどうやってモチベーションを保っているの?
DS: ローカルパークで若いヤツらとSKATEゲームをするのが好きなんだ。今日も26歳の子とやってきたよ。誰かとSKATEゲームをすると、普段だったら「これは苦手だからいいや」って避けているトリックもやらなきゃいけなくなる。それがすごくいいんだ。ローカルのスケートコミュニティも本当に温かい。誰もオレをジャッジしないし、歳を取ったヤツがまだスラムしながら必死にやっている姿を見て、若い子たちも刺激を受けてくれるみたいだから。
VM: 多くのスケーターにとって「進化」というと新しいトリックを覚えることだと思うけど、今のデーウォンにとって進化とは何?
DS: 今のオレにとっては、自分のコンフォートゾーンから出て、若い頃にあまり得意じゃなかったトリックを磨くことかな。プロスケーターはだいたい自分の得意な武器を20個くらい持っていて、それを毎日磨いてると思うんだ。でも最近のオレは、ずっと使ってなかった武器を引っ張り出している感じ。ヒールフリップとかフェイキーヒール、ハーフキャブヒールとかね。それを練習している。歳を重ねると身体も変わるし、足の置き方も自然と変わっていくから、今までできていたトリックを維持すること自体もひとつの進化だと思う。それと自分を律することもそう。朝ベッドから出て、身体がキツくても、ダラダラせずに滑りに行く。そのモチベーションを持ち続けること。自分より上の世代のプロたちがまだ滑り続けている姿にも刺激をもらうし、無理しすぎず、自分のペースでスケートを楽しんでいきたいと思っているよ。
VM: 多くを成し遂げてきた今でも、スケートする瞬間に子どもの頃みたいな気持ちになれるのはどんなとき?
DS: 15、16歳の頃から知っている幼なじみと滑っているときかな。今でもお互いちょっかいを出したり、賭けをしたり、涙が出るくらい笑ったりする。この前なんて、友達のひとりがフルスピードでノーズスライドをして、そのままひっくり返って壁に逆さまになっていたんだよ。それを見てみんな大爆笑(笑)。50歳のおっさんたちがだよ。16歳の頃は「25歳くらいになったら、もうスケートしていないだろうな」って思っていた。でも今は50代、60代、それ以上でも滑っている人がいる。それとひとりで滑っている静かな時間も好きだね。きれいな路面を流しながら、ボードがフリップする音を聞く。キックフリップや360フリップをするたびに、タイムマシンみたいに昔のトリックやビデオパートを思い出すんだ。思いっきりスラムして尾てい骨を打っても、結局笑っちゃう。スケートボードはそれだけでひとつの世界が完結していて、それが人生のエネルギーになっているんだと思う。
VM: 今後のデーウォン・ソンの向かう先は?
DS: 何よりもまず、子どもたちにとってできる限り最高の父親でいること。オレには4人の子どもがいて、2歳、5歳、8歳、24歳なんだけど、彼らが一番のモチベーションなんだ。スケートを通して、努力することや、何度失敗しても続けていればいつか成功につながるっていうことを見せたい。スケートに関しては、できる限り長く関わり続けたいね。ロドニー・マレンとは今でも一緒に滑っていて、また新しいプロジェクトを一緒にやれたらと思っている。それから『Cheese & Crackers』みたいなミニランプのビデオもまた撮りたい。ミニランプは身体への負担が少ないのに、クリエイティブなことは無限にできるから。スケートのおかげで頭も身体も動かし続けられている。できる限り、これからもずっとプッシュし続けるよ。
Daewon Song
@daewon1song
1991年にプロに転向し、テクニカルスケートを牽引してきたパイオニア。51歳となった現在も日々スケートを続けながら4人の子どもを育て、adidas Skateboardingでのカラーウェイや新たなビデオプロジェクトなどを通して精力的に活動中。
















