ADIDAS SKATEBOARDING

誰が一番最初?
──世界初のシグネチャースケートシューズ

2026.07.01

 以前このコラムの第4回で日本人初のシグネチャースケートシューズであるMizunoのThree Feet Highについて(vhsmag.com/mizuno-three-feet-high/)書きましたが、今回は世界初について紹介したいと思います。
 世界で一番最初に発売されたシグネチャースケートシューズといえば、1989年に登場したetniesのナタス・カウパスのモデルというのは有名な話です。
 しかし、実はほんの少しだけきっかけがあれば、まったく別の世界初のシグネチャースケートシューズが誕生していたかもしれません。

 Airwalkから1988年に発売されたPrototypeという名前のモデルがあります。

 

 実はこちらのモデルは元々トニー・ホークのシグネチャーシューズとして開発されていたようです。トニー・ホークから意見を聞き、ハイカットにしたり、シューレースの保護用のカバーが取り付けられていました。そして、シグネチャーデッキのように、このモデルにトニー・ホークの名前を入れようという話になりましたが、まだ前例がなかったことや、ロイヤリティをどうするかなどの詳細がまったく煮詰まっていなかったため、トニー・ホーク本人の了承を得ることができず、結果Prototypeという名の通常のモデルとして発売される形になってしまいました。もう少し本気で契約内容を詰めていれば、シグネチャーシューズとして発売されていたかも知れず惜しいです。
 その後、2018年にLakaiがトニーホークのスポンサーになり発売されたシグネチャーシューズが、このPrototypeをサンプリングして開発され、更にモデル名もProtoとなったのは、この歴史を知っていると非常に面白い話です。

 

 またVansからは同じく1988年にスティーブ・キャバレロにシグネチャーシューズの契約の話が舞い込んできました。しかし、世界でまだ誰もシグネチャーシューズというものを作っていなかったことや、契約内容があまりいいものに感じず、すぐには契約を結びませんでした。
 その後、Bonesのチームメイトであるランス・マウンテンに相談したところ、「どの道やることが同じなら契約してロイヤリティをもらう方が得だろう」と説得され、遅れてシグネチャー契約を結びました。
 しかし、タッチの差でetniesのナタス・カウパスの モデルが先に発表されてしまい、これまた世界初を逃す結果となりました。

 

 と、一連の経緯を言及してきましたが、実はここまでの話は世界全体ではなく、スケートボードの本場であるアメリカでの出来事になります。実はetniesのナタスのモデルは、フランスではもっと前の1987年に登場しており、結果圧倒的に早かったりします。世界初のシグネチャースケートシューズが1989年発売と書かれていたり、1987年発売と書かれていたりするのは、この辺りの情報ソースの違いだったりします。

 

 スケートボードの歴史を見る際、どうしても本場のアメリカと私たちの日本を中心に考えてしまいますが、もっと他の国に目を向けると全く別の歴史があり、その奥深さに気付かされますね。

 また、上記で紹介したLakaiのProtoについて、筆者の詳細解説動画もあります。下記に貼り付けておきますので、ご覧いただければ幸いです。


 

FRICKS KICKS @fricks_kicks

苦節9年、YouTubeにオリジナル動画150本超で総再生約40万回と超低空飛行中。
コラム一覧:www.vhsmag.com/column/frickskicks/

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