1976年にトニー・アルヴァと仲間たちのアイデアから誕生したVansのアイコン的モデルEraは、世界初のスケートシューズとしてその後のスケート史を大きく変えることに。それから50年。大阪で開催されたVansのイベントで来日したアルヴァに、Era誕生の舞台裏から現在の人生観までを聞くことができた。リビングレジェンドを自認する氏が語るのは、栄光ではなく今日も前へ進み続ける理由。
──TONY ALVA / トニー・アルヴァ
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Photo_Simoyan
Special thanks_Vans Japan
VHSMAG(以下V): トニーはEraの誕生に貢献したわけだけど、その話に入る前に、当時のシューズにはどんな問題があったの?
トニー・アルヴァ(以下A): 当時のシューズで一番の問題は、Vans以外はグリップが全然ダメだったこと。そもそもスケート用に作られていなかったから、グリップがしっかりしていなかった。だからオレたちはVansが大好きだったんだ。ワッフルソールのグリップはマジで最高でデッキに乗った瞬間から違いがわかった。他のシューズはランニングやバスケットボールみたいな別のスポーツ向けだから、オレたちが求める性能はなかったんだよ。
V: 当時はAuthenticを履いていて、そこからEraのアイデアが生まれたんだよね?
A: そう。オレたちはよくサンタモニカの19thストリートとウィルシャーにあったVansの店に行っていて、店長のベティ・ミッチェルに「ヴァン・ドーレン一家に会う機会があったら伝えてほしい。Vansは大好きだけど、スケート用としてもっと良くできる部分がある」って話していたんだ。ちゃんと耳を傾けてくれて、一緒に開発を始めることになった。それが後に、世界初のスケートシューズとして生まれたEraなんだ。
V: Authenticとはどこが違ったの?
A: 一番大きかったのはパッドを追加したことと、アッパーを少し改良したこと。でもデザイン自体はシンプルなままにしたかった。絶対に変えたくなかったのはガムラバーのワッフルソール。あれこそがVansがスケートに向いていた理由だからね。あのグリップが一番大事だった。それと、オレたちはVansのカラーリングも好きだった。シューズが片方だけダメになると片足だけ交換してくれることがあって、左右バラバラの色で滑るようになったんだ。振り返ってみると、あのツートーンカラーの発想はそこから生まれたんだと思う。
V: アイデアを伝えたとき、彼らの反応はどうだったの?
A: かなりオープンだった。それがVansの特別なところだった。当時は街角にある小さな商店みたいな存在で、オレたちと同じコミュニティの一員だったからスケートカルチャーをちゃんと理解してくれていた。スティーブ・ヴァン・ドーレンに会ってからは一気に話が進んだね。スティーブは親父のポールに「このスケートキッズたちはちゃんとわかってる。話を聞いてデザインにも参加させよう」って何度も言ってくれた。オレたちはビーチで遊んでいる汚くてラフなガキだったけど、スティーブは信じてくれた。スケーターが本当に必要としているものをオレたちが知っているって理解してくれていたんだ。今振り返ると、マジですごい話だよ。Vansは小さな街の商店から何十億ドル規模の会社になった。その始まりに立ち会えたのは幸運だった。それ以上に意味があるのは、スケートだけじゃなく音楽やサーフィン、ライフスタイル全体にまで影響を与えたこと。そういうカルチャーは昔からオレが愛してきたものだし、Vansは最初からずっとその一部だった。

V: 初めてEraで滑ったことは覚えてる?
A: もちろん。当時は新しくできたスケートパークで滑ることが多くて、Eraは最初から調子が良かった。でも、もっと良くできる余地はあるとも思っていた。それからバックヤードプールを滑るようになると、足首や足まわりをもっと守る必要があるって気づいたんだ。ローカットだとデッキが当たったり足首をひねったりしやすかったから。そこから自然とハイカットを求めるようになって、それが後のSK8-Hiにつながっていった。面白いことに、ミッドカットより先にSK8-Hiが生まれたんだ。その後、ミッドカットはサポート性と動きやすさのバランスが良くて人気になっていった。当時ミッドカットといえばChukkaくらいしかなかったけど、見た目だけじゃなく機能性も追求するようになって、Half Cabみたいなモデルにつながっていった。今でもスケーターに愛されてるシューズの流れはそこから始まったんだ。
V: ミッドカットといえば、やっぱりジェフ・グロッソが思い浮かぶ。
A: そうだね。ジェフはいつも「スケートやスケートシューズは次にどこへ向かうべきか」を考えていた。頭の切れるヤツで話もうまかった。でも口だけじゃなかったんだ。ちゃんと滑りで証明できるスケーターだった。バートだけじゃなく、ストリートもパークも何でも滑れたし、スケートそのものを心から楽しんでいた。だからこそ、あれだけ大きな影響を与えたんだと思う。
V: Eraが誕生してからもう50年になるね。
A: オレがスケートボードを作り始めてから50年でもある。1977年に自分のカンパニーを立ち上げたから。Vansがカリフォルニアでシューズを作り始めてから11年後のこと。オレたちは同じ'60〜'70年代を生きて、その頃やってきたことが今につながっている。考えてみると、マジですごいことだよ。もちろん正しい選択ばかりしてきたわけじゃない。バカなこともたくさんやったし、失敗も山ほどした。でもその経験があったからここまで来ることができたんだ。失敗しなけりゃ学べないし、殴られずに勝てる戦いなんてない。それはスケートも人生も同じ。今日滑っていたキッズを見ただろ? あれだけスラムしてもまた立ち上がる。女の子たちだって思い切りスラムしていた。スケートは昔からタフな人間のためのものなんだ。オレはたまたま生き残ったタフなガキのひとりってだけ。仲間の多くはもういない。だから今こうして生きていられることに感謝している。結局、生き残るために大事なのは、自分に正直でいることと、変わることを恐れないこと。自分の失敗も欠点も認める。それが成長につながるんだ。
V: そのレガシーは今も受け継がれている。
A: そうだね。よく「レジェンド」って呼ばれるんだけど、オレがいつも言うのは「大事なのは“リビング”って言葉だ」ってこと。オレはリビングレジェンドなんだ。ジェフみたいにもうこの世にいない仲間もたくさんいる。もちろん寂しい。でも今のオレの役目は、その意思をつないでいくことなんだ。あと1日だけサーフィンする。あと1日だけスケートする。あと1日だけシラフで生きる。あと1日だけキッズたちのために何かする。あと1日だけ自分が愛するものを支える。オレにとって大事なのは金じゃない。進歩なんだ。完璧だなんて一度も思ったことはないし、実際そんな人間じゃない。でも毎日少しでも前に進もうとは思っている。自分のためだけじゃなく、誰かのためにもね。今日という1日をまた与えられた。その1日を精いっぱい生きたい。それが今のオレを動かしているんだ。
V: これまで本当にいろんなことを成し遂げてきたけど、一番印象に残っている瞬間を挙げるとしたら?
A: やっぱりカールスバッドの世界選手権で優勝したあとに自分のカンパニーを立ち上げたことかな。Hang Tenのコンテストで優勝して、それまで憧れていたスケーターたちに勝てた。その経験が「自分でも何かを作れる」っていう自信につながったんだ。それまではずっと他のカンパニーやスポンサー、チームのために滑ってきた。でも自分が生み出したものの恩恵を受けるのはいつも他人だった。だったら自分の未来くらい自分で切り開こう、自分のカンパニーを作って、本当に信じられるものを形にしようと思ったんだ。自分自身が誇れるものを作りたかった。
V: 今でも毎日前に進み続けられる原動力は?
A: 何よりもスピリチュアルな実践だね。それが今のオレを支えている。外側の何かが自分を変えてくれることはない。本当に変わるのは内側なんだ。今は祈りと瞑想が人生の土台になっている。今一番大切なのは、自分の心のバランスを保つこと。そこがブレなければ、また新しい1日を迎えて、その1日をしっかり味わえる。シンプルでクリーンな生き方を続けてこられたことは、オレの人生で一番大きな達成のひとつだと思っている。
V: Eraを誕生させた本人として、今も若いスケーターたちが履いているのを見るとどう感じる?
A: みんなが今でもEraを好きなのは、履き心地が良くて、シンプルで、余計なものがないからだと思う。まさに「レスイズモア」だよ。今でも史上最高のスケートシューズのひとつだと思っている。余計なことをしようとしない。ただちゃんと機能する。それがいい。その考え方は人生も同じなんだ。人間の頭の中は複雑でも、生き方はシンプルでいい。今のオレの生活も、ヨガをして、サーフィンして、スケートして、自分を大切にする。それだけ。それがオレには一番合っている。シンプルに生きることだよ。
V: では最後に、これから楽しみにしていることや進行中のプロジェクトは?
A: とにかくこれからもイケてるキッズをサポートし続けたい。それはずっと変わらない。それから、サーフィンとスケートのスピリットをこれからもつなげていきたい。このふたつは昔からオレの中では切り離せないものだから。あとはレイ・バービーと一緒にやっているバンドでベースを弾いている。面白いプロジェクトも進んでいるよ。次に日本へ来るときは、そのバンドも連れてきてみんなの前でライブができたら最高だね。
Tony Alva
@thetonyalva1957
1957年、カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。Z-Boysの中心人物として'70年代のスケートカルチャーを切り拓いたレジェンド。'76年にはステイシー・ペラルタとともにEraの開発に携わり、翌年には自身のブランドAlva Skatesを設立。現在もスケート、サーフィン、音楽活動を続けながら、次世代の育成にも力を注いでいる。














