『Godspeed』をはじめ、数々の映像作品を手掛けてきたフィルマーのダヴォンテ・ジョリー。長年カメラの裏側からスケートシーンを記録してきた彼に、King Skateboardsからフィルマーとしては異例のゲストモデルが贈られた。その背景にある思いと、フィルマーとして歩んできたこれまでを紐解く。
──DAVONTE JOLLY / ダヴォンテ・ジョリー
[ JAPANESE / ENGLISH ]
Special thanks_Norm Skate Distribution
VHSMAG(以下V): Kingからゲストモデルが出ることは、どうやって知ったの?
ダヴォンテ・ジョリー(以下D): 仲間のひとりに「フィルマーがプロになることってあるの?」って聞かれたんだ。「かなり珍しいし、ほとんどない」って答えた。その会話がきっかけでタイショーン(・ジョーンズ)と話すことになって。オレとタイショーン、ナケル(・スミス)の関係をすべてつなげる意味でも、Kingからゲストモデルを出すのが一番自然だと言ってくれたんだ。だからTJとナケルには感謝している。
V: モデルが出ると聞いたときの心境は?
D: 最初にTJから言われたのが、「クリップが必要」ってことだった。それで一気にそこに意識が向いた。いいスポットを探して、誰に撮ってもらうかも考えなきゃいけなかった。そんなこと今まで考えたこともなかったからね。それにKingからモデルが出るっていうのも不思議な感じだった。オレのミドルネームは、祖父にちなんで父がつけてくれた「キング」だから、意味のあるつながりを感じたんだ。本当に夢が叶ったような気持ちだった。うれしかったし、感謝もしたし、同時にやってやろうってモチベーションもあった。この瞬間にふさわしいクリップを残して、ちゃんと自分の力で手にしたと思えるものにしたかった。
V: それがノーリーショービットを決めたプロモ映像になったんだよね。ナケルに撮ってもらったことにも特別な意味があったんだよね?
D: かなり個人的な意味があった。最初は別のスポットを考えてたんだけど、そこが壊されちゃって。でもナケルに撮ってもらいたいっていうのは最初から決めてた。それで全部が一周してつながる感じがしたんだ。最終的に選んだのが、バーバンク高校の10段。実はそこは、オレがナケルを撮った映像が初めて世に出たスポットなんだ。ナケルとイショッド(・ウェア)のセッションで、ナケルがトレフリップ、イショッドがバリアルヒール。そのクリップを投稿したら、みんなから「マジ? ナケルと滑ってるのか?」ってコメントが来たのを覚えてる。だから何年も経って同じスポットに戻って、今度はナケルがオレを撮ってくれたっていうのは本当に特別な感覚だった。
V: メイクまでどれくらいかかったの?
D: たぶん7日くらい通ったかな。撮影や編集とかにずっと集中してたから、スケートの感覚が鈍ってたんだ。いわゆる「コンピューターレッグ」ってやつ。ああいうトリックをやるには、自信もまだ足りてなかった。でも「もうメイクするだけ。絶対できる」って自分に言い聞かせた瞬間、急に簡単に感じたね。
V: シグネチャーモデルは普通、プロスケーターに与えられるものだよね。フィルマーとして同じように評価されたことをどう受け止めてる?
D: すごく大きな意味があるよ。これをきっかけに、もっと多くのブランドがチーム全体を評価するようになってほしい。スケーターはトリックを決めたらそこで終わりだけど、フィルマーはその映像を家に持ち帰って、そこからまた作業がある。チームの一員としてフィルマーがどう評価されるべきか、新しい基準を作ることが大事だと思う。フィルマーだって毎日スケーターと一緒に現場に出てるし、同じだけの情熱や愛情、忍耐が必要だから。今のところ、こういう形で評価されたのは基本的にオレとビーグルくらいだと思う。これまでたくさんのフィルマーがスケートカンパニーの個性を作ってきたことを考えると、おかしな話だよね。
V: このモデルを通して、スケート業界におけるフィルマーの存在についてどんなことが伝わってほしい?
D: フィルマーになることも、プロスケーターになることと同じくらい大切なんだと若い世代に伝わってほしい。フィルマーの道を選んだとき、まさか自分のモデルが出るなんて思ってもいなかった。ただ自分で選んだ役割に対して真摯にずっと向き合ってきて、その結果として自然にこうなったんだ。スケートボードにはひとつの道しかないわけじゃない。それを知ってもらうことが大事だと思う。
V: フィルマーとしてのキャリアはどう始まったの?
D: 最初は仲間を撮るところから始まった。それが発展していくのと一緒に、自分のキャリアも広がっていったんだ。Illegal Civilizationに関わるようになったのも、自分のクルーのCavi Clubでそれまでやってきたことがあったから。すべての始まりにあったのは、「誰と一緒に滑りたいか?」っていう同じ問いだった。オレはいつもトリックだけじゃなく、その人自身に面白さがある人たちに惹かれてた。トリックをする前の瞬間や、決めたあとの瞬間、何気ない日常も含めてね。それがずっと自分の進む方向を決める基準だった。
V: キャリアの転機になったのは? やっぱり『Godspeed』?
D: 『Godspeed』は間違いなくそのひとつだね。でも最初の大きな転機は、仲間と始めたA Day with the Homiesっていうシリーズだったと思う。それが注目されるようになってから、オレの名前を知ってくれる人も増えていった。シリーズを続けることで、自分たちの世界をみんなに見せることができたし、オレたちみたいな連中にも「自分たちもスケートボードの世界にいていいんだ」って伝えられたと思う。『Godspeed』は、その認識を一気に広げてくれたロケットみたいな存在だった。トリックだけじゃなく、人やその関係性を物語の中心にした作品だったからね。
V: 「自分みたいな人たちにも、スケートボードの世界に居場所があると伝えられた」とはどういう意味?
D: 有色人種のこと。黒人、ヒスパニック系、アジア系。当時のスケートビデオを観ても、自分と同じような人が出ていないと感じていたキッズのことだね。『Baker 3』でアントワン・ディクソンを観たとき、オレも「マジかよ…自分にもできるかもしれない」って思った。スケートボードがこれからも成長していくためには、いろんな人にとって自分を重ねられる存在がいることが本当に大事だと思う。
V: 振り返って『Godspeed』は自分にとってどんな作品だったと思う?
D: あのタイミングで作品を作れたことに感謝してる。今になって考えると、あの作品がああいうものになるためのすべての要素が完璧に揃ってたんだと思う。でも何よりよかったのは、作っている間に自分がその瞬間にしっかり向き合えていたこと。当時のオレは、永遠には続かないある特定の時代を撮っているんだって強く感じてた。それこそが『Godspeed』というタイトルに込められた意味なんだ。一緒にいたみんなと話してると状況が変わりつつあるのがわかった。俳優をやりたいヤツもいれば、モデルになりたいヤツもいたし、家庭を持つことを考えてるヤツもいた。それは成長して生きていく上で自然なことだし、オレたちが仲間として一緒に過ごしたあの時代を映像に残せたことが本当にありがたい。振り返ると、あの制作期間はものすごく集中してたと思う。今だったら家族もいるし、3歳の子どものことも考えなきゃいけないから、まったく違うものになると思う。でも当時はひたすら作品に打ち込むことができた。最後の3ヵ月はかなりハードだった。朝4時か5時に起きて、誰かから撮影に行こうって連絡が来るまで編集する。それから1日中撮影して、帰ってきたら夜10時か11時まで編集して、次の日もまた同じことを繰り返してた。でも不思議なことに、まったく苦じゃなかった。作る過程そのものが大好きだったから、早起きするのもつらいと思わなかったんだ。無理やりベッドから起き上がるんじゃなくて、「この編集を試してみよう」とか「これがうまくいくかやってみよう」って思いながら飛び起きてた。最終的な結果だけじゃなく、作る過程そのものを心から好きでいること。それがすごいものを生み出すために大切なんだと思う。もし数字や成功するかどうかばかり気にしてたら、同じ作品にはならなかったと思う。本当に「何回再生されたら成功」なんて基準はまったくなかった。オレにとって『Godspeed』が成功したと思えたのは、あるキッズから「あのビデオを観て、仲間と一緒にビデオを作りたくなった」って言われた瞬間だった。このプロジェクトの目的はそれだけだったから。そういう創造力を刺激したかった。それが実際に起きたとき、自分の役目は果たせたって思った。それ以降に起きたことは、全部ボーナスみたいなものだよ。
V: "OKAY BET 5HUNNID"がPanasonic HPXで撮る最後の作品になると宣言してたよね。それについては?
D: スケートコミュニティにはあのカメラに強い思い入れを持ってる人が多いし、正直、オレも何年も切り替えることに抵抗してた。次に使うのはSony FX6で、もう2年近く持ってる。というのも変化が必要だと気づいたんだ。居心地の悪いことにも自分から飛び込んでいかないと、ずっと同じ場所に留まることになる。それにスケートの仕事とファッションや音楽の仕事を完全に別物として分けるんじゃなくて、同じ延長線上にあるものとしてやっていきたかったから。
V: Necessary Evilはビデオシリーズとして始まったけど、今ではそれ以上のものだよね。
D: あのビデオシリーズは『Godspeed』を完成させる前から始まってたんだ。Thrasherからシリーズをやってみないかって声をかけてもらって。『Godspeed』でイショッドとナケルが自分たちをキックアウトしようとしてる女性と話してるシーンがあるんだけど、そこでナケルがスケーターのことを「必要悪」って表現してるんだ。今のNecessary Evilは、シリーズよりずっと大きなものになってる。目的は、自分がもらったチャンスを使って、若いクリエイターたちにもチャンスを作ること。デザイナーやフォトグラファー、ビデオグラファーとか、そういう機会がなければチャンスを得られなかったかもしれない人たちにね。要は次の世代のために扉を開きたいんだ。
V: ではフィルマーとして、Kingとの関係はどういう感じなの?
D: 雇われて撮ってるっていう関係ではないね。オレがKingのフィルマーをやってるのは、ナケルやタイショーン、ザック、それにみんなとの関係があるから。何よりも大切にしてるのは、タイショーンやナケルとの兄弟みたいな絆。それはオレにとって、どんな報酬や肩書きよりも価値があるんだ。
V: 次の夢は?
D: 次の夢か…。本気で目指してるのは長編映画を作ること。それと同時に、スケートシーンで自分がいなくなったあとも残り続ける何かを作りたい。そのふたつが今のオレを突き動かしてるかな。
Davonte Jolly
@davontejolly @necessaryevil_
LAを拠点に活動するフィルムメーカー/ディレクター。ICの『Godspeed』で広く知られるほか、ファッションや音楽分野のプロジェクトも手掛ける。2026年にはフィルマーとしての功績が認められ、King Skateboardsからゲストモデルがリリースされたばかり。

















