Nike SB dojo | スケートパーク

 皆さんこんにちは。日々のスケートライフは上々ですか? 先週に引き続き…
──From The Capital

2013.05.03
 皆さんこんにちは。日々のスケートライフは上々ですか?
先週に引き続き、今回も最近プロランクに昇格したひとりのアメリカ人スケーターの話をさせてください。
 彼の名前はザック・ライオンズ。主にアメリカの首都、ワシントンDCの路上でそのスキルとキャリアに磨きをかけ、以前はOrganika Skateboardsに所属していましたが、今回フランス発のMagenta Skateboardsから、アメリカ人としては初のプロデッキのリリースと相成り、本日、僕の地元のショップにもそのプロモデルが届きました。おめでとうございます。
 彼のスケートに関しては、知ってる方はいわずもがな、知らない方でもググッと検索すればいくらでもその映像が観れますので、ここではあえて触れませんが、今回彼がフランスの新興カンパニーからプロフェッショナルのキャリアをスタートさせることについて、少し考察を試みたいと思います。

 皆さんもご存じとは思いますが、このMagenta Skateboardsは確信犯的にアメリカ東海岸の都市とサンフランシスコにおける'90年代半ば以降の都市型スケートスタイルに大きな影響を受けています。
 あくまで僕の主観ですが、スケートボードというものは究極的には、個人の表現活動のための手段としての道具であり、そこには数多存在するスケーターの数と同じだけの表現の方法があるまさしくカオスの世界。そんな中、都市空間でのスケートボードによる表現活動にその美学を見出した彼ら流の美意識にザックのスケートが受け入れられた理由、それは彼の持つスケーターとしてのバックボーンがすべてを物語っているように思えます。

 ワシントンDCには'90年代、それは素晴らしいスケートシーンが存在していました。もちろん現在においても、そのローカリズムを支える多くの魅力的なスケーターが存在しますが、'90年代のあの街で、昼夜を問わず交わされたスケーター達と街とのセッションが20年を経た今、海を越え、そこで表現の完成を試みる若いスケーターたちのモチベーションになっているということに感慨深いものを感じます。
 そんな国の異なるふたつの地方都市に、絆という名の強い橋を掛ける事となったザックの、血となり骨となって彼の表現に脈々と受け継がれている先人達の映像をお楽しみ下さい。

--TH (Fat Bros)

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